血に塗れた氷の騎士

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7話 ジャスミン

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7話 ジャスミン
 俺にできることなど、何もなかった。医者に安静にしていろと言われ、不要不急の外出を禁じられる。父はおろか、母にも弟妹にも会わない。いや、会えない。会う気がないのだ。かくいう俺も合わす顔がない。家族にとって俺は、厄介なお邪魔虫で、早く手放したいお荷物なのだから。
 俺はどこで間違えたのだろうか。
 俺は、侯爵とその妻の間に生まれた息子だ。髪色や髪質は父に、瞳の色や顔立ちは母とほとんど同じ。見た目や血液検査結果がそれを証明する。ほかの兄弟も、紛れもなくふたりの子供だ。昔聞いた話では、俺が出産予定日よりもかなり早く生まれたせいで、不完全な身体になってしまった、と。親兄弟に持病はないのに、俺は喘息に悩まされて。1日に何回か薬を飲み、室内で生活することで、やっと普通の人間らしくなれる。皆にとっての当たり前は、俺にとって、懸命に登ってたどり着いたスタートラインだった。その差は埋まらず、どんどん開いて、置いていかれて。最初は両親が諦め、次々と兄姉たちが距離を取った。
 俺は「今生きていること」が「幸せ」だと思うことで、ギリギリ自我を保っていた。
 幼きころ、両親は今ほど非情ではなかった。俺は本邸の隅の部屋で生活し、熱を出したり息が詰まったりしたらすぐに駆けつけてくれた。仕事中でも、遠出の準備をしているときでも、眠っているときでも。だけどずっと続くとは限らない。があってから、親兄弟は俺を家族として見なくなった。
 何が起きたのか、この「氷の騎士」がすべてを知っている。乳母から誕生日プレゼントとしてもらった、生まれたときからそばに置いている一体の人形のことを。
 アカデミーに通い、学者という夢を見つけた。魔法薬草学を究め、浪人せずに修士課程を修了した。……できることはやりきった。
 ……そうだった。俺にはマイナスな点が多すぎる。だから、存在ごと無視されるのか。身体がになって、ようやく気づけた。
 もう、すべてが手遅れだってことに。
「う、うぅ……」
 そんなことを考えていたら、悪夢にうなされていた。また熱を出し、身体が熱くなって寒くなる。マイナスなことばかりで脳内が埋め尽くされたせいだ。息苦しくて、つい口を開けてしまう。汗がべっとり背中に貼り付いた。枕カバーやシーツがたちまち湿って、さらなる悪循環を生む。
「あつい……?」
 医者でさえ入るのを躊躇する部屋に、確かに人がいた。真っ暗で闇に包まれていて、その姿ははっきりと見えない。夏の夜に揺らめく陽炎のよう。ゆっくりと近づいて、額に氷をくるんだタオルを置く。右手で唇をなぞり、俺は反射的に口を閉じた。
「ん……」
「きっと、よくなる……」
 夢なのか現実なのかわからないけど、はっきりと思い出せるほど、やけに鮮明な記憶だった。朝になるとすべてがいつも通りで、滴る水もなければタオルも置かれていない。口呼吸をやめたから、喉は完全に渇いていなかった。まるで夢のよう。それなのに、忘れられなくて、嫌な感じがしない。説明しがたい状況に、頭をひねって思考を巡らせる。上半身を起こして、髪をくしゃくしゃにかいた。その拍子に一本抜けてしまい、布団に落ちたものを取ると、一緒にくっついてきた。
「何、これ……」
 1m以上ある長い白銀の髪の毛一本と、ほのかに香るジャスミン。
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