血に塗れた氷の騎士

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8話 くだらない

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8話 くだらない
「はぁ……」
 その日はまったく実験に集中できなかった。あの悪夢とだれかがいたであろう痕跡。ため息をついては、メモを見て、ぐちゃぐちゃに渦巻いて丸めてなかったことにした。手つかずのまま、婚約者のブレイカ・ストローマとの初対面の日が近づいてきていた。
 俺の職場は王立アカデミーで、2年前まではここの学生だった。1日中部屋に引きこもりっぱなしで、特にやることもなかったから勉強に取り組んだ。一般教養のほかに、自分の身体の状態にも興味を持った。だけど、どこにも納得できる答えはなかった。
「成人するまで持つだろうか……正直微妙なところです……」
「今は問題なくとも、いずれ、全身に……」
「激しい運動や長時間外にいることは避けてください」
「前例のない症状です。確定的な診断はできません」
「覚悟をしていてください」
 経験のある医者ですら頭を悩ませるのだから、ちょっと頭を飾っただけの俺にわかるはずもなく。そんなことをしている間に、時計の針が完全に止まりそうだ。
 だけど悪いことばかりではない。様々な医者が「前例がない」というのだから、出来損ないの俺でも、実験材料くらいにはなれるだろう。研究室に眠っている素材を組み合わせて、何百本と試薬を作った。最初は手に届くもので、効果は出ず。素材が足りなければ、探検家に十分な報酬を払って取ってきてもらった。それでも効かないものは効かない。むしろ耐性がついて、「薬を飲んでいる」感覚が麻痺した。特に医者が尋ねたり、家族から声をかけられたりすることもなかった。定期的な検診や2日間生存確認が取れないと、医者だけは飛んできたけど。
 死んだことがないから死がどういうものかわからないけど、やはり、本当に恐ろしいことは「死」ではなく「生」だろう。論文を片端から読んでいれば、生きることがどれほど残酷なことかわかる。俺に限らず、人間すべてに「悪」が潜み、隠しながら生きていく。そして、終わりの見えない未来に嫌気がさして、自分で自分を終わらせる。
「実にくだらない」
 実際のところ、生きる意味も死ぬ理由も存在しない。生者の馬鹿らしい妄想だ。
 ……それよりも答えのあることを考えよう。今日の悪夢に手を伸ばして、広げてみる。俺はまた発作を起こし、意味もないのに生きようと苦しんだ。
 ……額。額に何か冷たいものを置かれた。だけど朝になったときにはなかった。だれかが置いて、回収したということか。一体だれが……? 家族と、出掛ける前に確認した医者も違う。か。白銀の髪とかすかに香ったジャスミン。使用人は暗めの髪で、家族は俺と同じ金色だから違う。それに、あまり聞こえなかったけど、何か声をかけていた……。不器用でひとつの文章になっていない言葉。……聞き覚えがある。でも今はもう日常的に使わない。そうか、古語だったか……?
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