血に塗れた氷の騎士

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36話 ケダモノ

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36話 ケダモノ
「俺は今年の秋に結婚する予定で、式や諸々の準備をしなければいけません」
「……」
「今までとは生活サイクルが変わります。だから、ランチタイムにゆっくりできる時間はしばらく作れないと思います」
 結婚式まであと1ヶ月と2週間。今は夏。太陽が痛いくらい眩しくて、溶けてしまいそうな季節。暑さのため外の授業はすべて室内に変更され、休憩も教室内でしてくださいとお知らせが来ている。中庭なんか、熱でぼやけて浮かんで見える。風は生暖かくてちっとも涼しくない。なかなか寝付けず、起きたら背中や額に大量の汗。どれだけ香水を振りかけても、体臭が悪化していないか気になる。運動量が減り、食事が苦しくなる。厳しい暑さを乗り越える……ためには、一大行事である結婚(式)を無事に終えなければいけない。大きなトラブルなく、滞りがないように、慎重に。
「名字を変えると色々手続きしなければいけなくて。印鑑を作ったり新しい書類にサインしたり……。考えるだけで気が遠くなります」
「結婚するのですか? 本当に?」
 フローリアに対して話したのだけど、疑っているようだった。信じられず、ゆっくりとした瞬きを2回する。俺はテーブルの下で手を合わせ、本音が漏れ出ないように押さえ込む。
「はい。家が決めたことですから、俺は従うだけです。もちろん、フォールディング家としての義務は果たします。後は……彼女の好きなようにすればいいと思っています」
 どのみち俺は病気のせいで長生きできない。責務を果たし、その子が無事に育てば……俺の役目は終わりだ。今もこれからも、目につかないところで生き、静かに幕を閉じる。相手の希望を叶えられない俺が、相手に対して不当に要求してはいけない。目立たず、ひっそりと、陰になって生きて、そして死ぬ。人生設計はこれで決まり。
「気持ちは後ろ向きなようですが」
 彼女、フローリアに見透かされている気がして苦笑いをする。ブルーの瞳は鋭く光り、ライトのきらめきが反射した。それでも、彼女はまだ疑いを解いていなかった。
「そう見えますか? だったらちゃんと顔を作らないと。婚約者の前でぶっきらぼうにならないように、準備します」
「そう……いうことではなくて。私が言いたいことは……その……」
 彼女は続きの言葉をスラスラ言えない。他人の結婚について、あれこれ突っかかっても仕方がないから。いかがわしいことは何もしていないけど、疑われないように、フローリアとの関係はもう少し遅らせようか。……そんなこといちいち口にしないけど、いずれ。俺は口を閉じたけど、彼女はぽつりとつぶやいた。
「あんなケダモノなんかと……」
「?」
 彼女の瞳から光が消えた瞬間だった。
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