血に塗れた氷の騎士

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38話 涼風薫る丘で

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38話 涼風薫る丘で
 俺の乳母として、フォールディング家にやってきた伯爵令嬢のマリアンヌ・スウィーティン。3人の娘を産み、6歳で病死したけど、息子がいた。夫を事故で亡くし、その後は再婚せず娘を育て上げ嫁がせた。
 彼女は、乳母だったけど、家族から愛情をもらえなかった俺にとって母親同然の人だった。
 幼いころは今と違って、頻繁に息が詰まったり熱に浮かされたりした。すぐに息切れして、床で倒れて気絶していたこともあったっけ。重りを引きずっているかのように身体が重くて、縛られているように手が動かなくて。上手に噛めなくて咳き込んで、嫌になって引きこもった。でも彼女は俺を邪険に扱うことなく、息子のように接してくれた。過剰に病気を遠ざけず、限られた一緒の時間を大切にしてくれたから。
 叶うことなら、あなたの本当の息子でありたかった。
(お久しぶりです、マリアンヌ。セウェルスです。いつも見守っていてくださってありがとうございます)
 休日を使った外出先は、高台で海辺の墓地。マリアンヌ・スウィーティンが眠る墓だ。ピンク色のスターチスの花束を抱え、日傘を差して少し歩いた。海風に吹かれ、額に滲んだ汗を拭う。冷たい石と刻まれた名前を目の前にして、いまだに心が震える。石畳に荷物を置き、花を捧げた。手を合わせ、目を閉じ、心の中で一方的な会話をする。
(俺はストローマ家の4女、ブレイカ嬢と結婚します。婿としてなので、フォールディングの姓を名乗れなくなります。まさか、結婚できる年齢まで生きるとは思いませんでした。ですが、与えられた役割は必ず果たします)
 絶対に返事がないことはよくわかっている。マリアンヌは、9年前に亡くなった故人だから。不倫を疑われて、国の衛兵に捕らえられて牢で餓死した。罪状は不倫。聞いた話だと、既婚者の子爵やら男爵やらに無理矢理迫られたらしい。スキャンダルとして噂が広まり、不倫に当たる行為だと国が目をつけた。彼女は未亡人で恋人もいなくて、恋愛にだらしない人でもなかった。真相はもう闇の中だけど、俺は冤罪だと信じている。そんな下劣で非道なことをする人ではないと。
 いけない。また考え事をしていた。バッグの中から、古びた『氷の騎士と飛竜の剣』を取り出し、表紙をなぞって目を閉じる。
(同僚のフローリアという女性からいただいた本です。古語なので理解するには時間がかかりますが……。かつて、読み聞かせしてくださった絵本と、いただいた人形を思い出したのです。翻訳して最後まで読んでみるので、また話に来ます。どうか見守っていてください)
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