血に塗れた氷の騎士

fireworks

文字の大きさ
39 / 51

39話 とき既に遅し

しおりを挟む
39話 とき既に遅し
 ついにその日がやってきた。9月中旬、俺はストローマ侯爵家の娘ブレイカ嬢と結婚した。親同士の決めた、条件を提示しての政略結婚。そこに愛情はないけれど、どちらかが死ぬまで付き合わないといけない。その前に、子孫を残せたら、もうお役目御免だろう。
 式は丸一日かけて行われる。家督を継ぐ者や国王なんかは1週間ほどお祭りムードなのだけど、この結婚は違う。必要な儀式だけ残し、余計なところを削ぎ落として1日に凝縮した。できるだけ予算を抑えた簡素な結婚式。互いの家がお金をかけないと決めたことで、別に豪華にする必要もないから気にならない。
 太陽が昇る前、まだ月が輝いているころから準備を始めた。事前の打ち合わせ通り、滞りなく着替えやメイクを済ませる。大きな姿見で最終確認をして、1日まっすぐ立っていられるほどの強い薬を飲む。
 新婦、ブレイカの準備も整い、挨拶をしたいと連絡があった。かれこれ2カ月以上会っていないけど、向こうから会いたいと言われるとは思わなかった。
 会うべきではなかったのだから。
「失礼いたします。ブレイカ様をお連れいたしました」
「はい。どうぞ」
 控室のドアをたたく音がして立ち上がる。使用人がドアを開け、ブレイカが颯爽と入ってきた。純白のドレスに身を包み……恭しく頭を下げる。長いレースは彼女の使用人が持って歩き、ベールはまだ被っていない。茶髪はひとつにまとめ、高い位置に留められて……。いいや、ブレイカの花嫁姿なんてどうでもいい。問題は、彼女のお腹が妊娠しているかのように膨らんでいることだ。
「セウェルス様、お久しぶりです。ご報告があります」
「ブレイカ嬢……?」
 彼女は真っ赤な口紅を塗った口を開き、おぞましいことを平然と言葉にした。喜びや幸せといった感情よりも、裏にしまったはずの企みが隠しきれていない。身体が凍りつくほどの、青ざめて土に還るくらいの衝撃。彼女はお腹に手を当てて、身に覚えのない、そこにいる子に語りかけた。
「さぁ、挨拶して。やっとお父様に会えたわね」
「……は?」
 やっと絞り出せた声は低すぎて、ブレイカは聞き取れなかった。何かにヒビが入ったと気付いたとき、もう既に遅かった。息が止まって、瞬きもできずに固まる。告げられた命があまりにも軽いもので、新たな悲劇を生むことを予感したから。
「ずっとお伝えしたくて待ちきれませんでした。私は、あなたとの子を身籠ったのです。今日は家族になるための素晴らしい儀式ですから、ようやく伝えられました」
 ……にも拘わらず、彼女は幸せそうに笑い、俺の腕を掴んで強く握った。女性とは思えない力と、近すぎる距離にすぐ振り払えない。
 彼女は嘘をついているのか? 確かにお腹は膨らんでいるけど、本当はいなかったとしたら? 空のお腹を撫でて語りかける人なんて気持ち悪すぎる。では本当にいるとするなら、一体、だれの子……。
「……何をおっしゃっているのですか? それも私との子供? そんなわけありませんよね?」
 やっと再開した呼吸で、「違う」と全力で否定した。けれどブレイカは首を横に振り、俺の手を自分のお腹に当てた。……動いている。お腹ではない少し硬いものに触れていた。
「紛れもなくセウェルス様とこの私ブレイカの子供ですわ。もうすぐ式が始まります。早く行きましょう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

どうかこの偽りがいつまでも続きますように…

矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。 それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。 もう誰も私を信じてはくれない。 昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。 まるで人が変わったかのように…。 *設定はゆるいです。

【完結】時計台の約束

とっくり
恋愛
あの日、彼は約束の場所に現れなかった。 それは裏切りではなく、永遠の別れの始まりだった――。 孤児院で出会い、時を経て再び交わった二人の絆は、すれ違いと痛みの中で静かに崩れていく。 偽りの事故が奪ったのは、未来への希望さえも。 それでも、彼を想い続ける少女の胸には、小さな命と共に新しい未来が灯る。 中世異世界を舞台に紡がれる、愛と喪失の切ない物語。 ※短編から長編に変更いたしました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます

しゃーりん
恋愛
ソランジュは婚約者のオーリオと結婚した。 オーリオには前から好きな人がいることをソランジュは知っていた。 だがその相手は王太子殿下の婚約者で今では王太子妃。 どんなに思っても結ばれることはない。 その恋心を王太子殿下に利用され、王太子妃にも利用されていることにオーリオは気づいていない。 妻であるソランジュとは最低限の会話だけ。無下にされることはないが好意的でもない。 そんな、いかにも政略結婚をした夫でも必要になったので返してもらうというお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...