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44話 キスして
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44話 キスして
最初は輪郭がぼやけて見えた。徐々に女性が俺に近づき、人が来たのだとわかって目をこすった。ひとりの女性が、3人かもしれないと錯覚した。ひとりは婚約発表パーティーで踊った女性、もうひとりは騎士道と古語を教える見習い先生のフローリア・メレルズ、最後のひとりは人形「氷の騎士」の実体化。まったく違う顔と姿の3人が、同一人物のように思えた。目やにを取ってはっきり目にした途端、疑問が弾けて空に飛んでいった。
「フローリア!? なんでここに……!?」
名前がはっきりしていたのはフローリア・メレルズだけ。咄嗟にその名前が出たわけだけど、アカデミーでの彼女とは別人だった。無表情で、身体のラインを強調させるドレスなんか着て、迫ってくる。身の危険を覚える恐怖に息を呑み、動けない。彼女はゆらりと歩いて、ベッドに膝立ちで座り、枕の両脇に手を置いた。身体を張って逃げ道をふさぐ。
「……して、どうしてあんな女と結婚したの?」
彼女とは思えない鋭い口調と低い声。なぜそんなことを知っているのか、どこのだれなのか、そういった疑問はすぐに出てこなかった。彼女の左手を取って枕に沈め、目を合わせないよう反対側を向いた。鍛えられた左腕二の腕に、僅かなヒビが入り、月の光に照らされる。
「……俺だって聞きたいですよ」
彼女は膝立ちをやめ、姿勢を低くして倒れ込む。両手の力で上半身を支え、下半身は俺の足に預けた。また逃げ道を塞がれ、手段が思い浮かばず狼狽える。俺が変なことを言ったから、彼女は怒ってさらに強い言葉を使うことになった。
「わかってるでしょう? あの人には別の人との子供がいるってこと。浮気は極刑に値する。今すぐ国に訴えて処罰を」
「あなたには関係ないです!」
「関係ある」
「どうして!?」
激しく首を横に振って否定したけど、彼女はあっさりと答えた。彼女の怒りは沸騰して、どんどん距離が近づいてきている。足を動かそうとしても、彼女の足が絡まって動かせない。手を伸ばしても、掴まれて固定されてしまう。引きこもりの俺が、騎士道を極めた女性に勝てるはずがない。
「あなたをずっと見てきたから。生まれてからずっと、あなたがどんなことをして、つらい思いをしてきたのか、私は知っている。あの人は何も知らない。それどころかあなたを貶して、加害者にしようとしてる」
「なんでそれを知って……。ずっと監視していたのですか!?」
ようやく「なぜ」を口にしたとき、衝撃のオンパレードで頭がパンクしていた。手足や口でも抵抗する力がなくなり、ようやく彼女は左手を離してくれた。
「監視なんかじゃないわ。私は――あなたがずっと大事にしていた『氷の騎士』だから」
「人形は……本当は本物の人間だったの?」
核心に触れる事実をこぼすと、彼女は頷き、完全に身体を俺の身体に沈めて、頬に手を伸ばした。彼女の計画通り、ベッドに押し倒されたような格好になってしまった。胸を押し付け、足の動きも封じて、心理的に揺さぶって退路を立つ。
「そうよ。あなたが生まれる前から私は人形だった。あの日、あなたが私の腕を壊したとき――一時的に自由な身体を手に入れたの。でも今のままじゃ完全体を手に入れられない。氷を溶かしてくれる愛が必要だわ」
「……何を……」
「私を抱いて」
最初は輪郭がぼやけて見えた。徐々に女性が俺に近づき、人が来たのだとわかって目をこすった。ひとりの女性が、3人かもしれないと錯覚した。ひとりは婚約発表パーティーで踊った女性、もうひとりは騎士道と古語を教える見習い先生のフローリア・メレルズ、最後のひとりは人形「氷の騎士」の実体化。まったく違う顔と姿の3人が、同一人物のように思えた。目やにを取ってはっきり目にした途端、疑問が弾けて空に飛んでいった。
「フローリア!? なんでここに……!?」
名前がはっきりしていたのはフローリア・メレルズだけ。咄嗟にその名前が出たわけだけど、アカデミーでの彼女とは別人だった。無表情で、身体のラインを強調させるドレスなんか着て、迫ってくる。身の危険を覚える恐怖に息を呑み、動けない。彼女はゆらりと歩いて、ベッドに膝立ちで座り、枕の両脇に手を置いた。身体を張って逃げ道をふさぐ。
「……して、どうしてあんな女と結婚したの?」
彼女とは思えない鋭い口調と低い声。なぜそんなことを知っているのか、どこのだれなのか、そういった疑問はすぐに出てこなかった。彼女の左手を取って枕に沈め、目を合わせないよう反対側を向いた。鍛えられた左腕二の腕に、僅かなヒビが入り、月の光に照らされる。
「……俺だって聞きたいですよ」
彼女は膝立ちをやめ、姿勢を低くして倒れ込む。両手の力で上半身を支え、下半身は俺の足に預けた。また逃げ道を塞がれ、手段が思い浮かばず狼狽える。俺が変なことを言ったから、彼女は怒ってさらに強い言葉を使うことになった。
「わかってるでしょう? あの人には別の人との子供がいるってこと。浮気は極刑に値する。今すぐ国に訴えて処罰を」
「あなたには関係ないです!」
「関係ある」
「どうして!?」
激しく首を横に振って否定したけど、彼女はあっさりと答えた。彼女の怒りは沸騰して、どんどん距離が近づいてきている。足を動かそうとしても、彼女の足が絡まって動かせない。手を伸ばしても、掴まれて固定されてしまう。引きこもりの俺が、騎士道を極めた女性に勝てるはずがない。
「あなたをずっと見てきたから。生まれてからずっと、あなたがどんなことをして、つらい思いをしてきたのか、私は知っている。あの人は何も知らない。それどころかあなたを貶して、加害者にしようとしてる」
「なんでそれを知って……。ずっと監視していたのですか!?」
ようやく「なぜ」を口にしたとき、衝撃のオンパレードで頭がパンクしていた。手足や口でも抵抗する力がなくなり、ようやく彼女は左手を離してくれた。
「監視なんかじゃないわ。私は――あなたがずっと大事にしていた『氷の騎士』だから」
「人形は……本当は本物の人間だったの?」
核心に触れる事実をこぼすと、彼女は頷き、完全に身体を俺の身体に沈めて、頬に手を伸ばした。彼女の計画通り、ベッドに押し倒されたような格好になってしまった。胸を押し付け、足の動きも封じて、心理的に揺さぶって退路を立つ。
「そうよ。あなたが生まれる前から私は人形だった。あの日、あなたが私の腕を壊したとき――一時的に自由な身体を手に入れたの。でも今のままじゃ完全体を手に入れられない。氷を溶かしてくれる愛が必要だわ」
「……何を……」
「私を抱いて」
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