心の面影

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1章 いびつなこころ

29話 やるせない

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29話 やるせない
 事件は突然起きるものだ。領地内で、強大な「心の面影」が現れ、人々の生活に影響を及ぼしていると聞いた。病気になってしまった人が我を失って暴れ、正常な人に危害を加えているらしい。傷害事件および未遂事件が20件報告される日が4日と続いた。ここを治める長として、何らかの対策を講じなければいけない。「心の面影」の発生原因を突き止め、これ以上の発生を防ぐ。加害者と被害者のケアをし、事件の防止に努める。役割と責任は十分に理解しているが、結局のところ、私という人間が上に立つべきではないと思い始めている。妻であるノナが「心の面影」を発症しているのに、未だに正体を突き止められず、退治できていないから。このままでは間違いなく悪評が立つ。「妻の管理もできない無能領主が、我々を救えるはずがない」と。その通りだ。そして、ノナも非難するのだろう。その声は絶えることなく、格好の餌となってしまっている。
 実際のところ、私の座る場所を狙う人はごまんといる。その席さえあれば、領地を治められると見くびっているのだろう。脅迫や殺害予告は当たり前に起きる。そんな中、8年間生きられたことが不思議だ。
 私に後継者がいれば丸く収まるだろうか? 生きることが不安定なノナに、子供を強いるわけにはいかない。もっと症状が悪化してしまうかもしれない。ならば養子を取ると? そうなると、だれでもいいのではないかと非難が強くなるだろう。何をしても、良い未来が見えてこない。このままでは、略奪されて使用人もろとも死んでしまうだろう。
 私にできることは、何だろうか――。
「旦那様!」
「はい」
 ノックだけして部屋に入ってきた女性使用人。驚いたが、手を止めて顔を上げる。急用だろうか。息が荒く、服は乱れ、慌てた様子である。
「今すぐこちらに来てください! 奥様が……!」
 必死に息をしながら、女性は答える。私は書類の束におもりを置き、ペンをペン立てに戻した。
「ノナがどうしたのですか」
 息を切らしながらも、女性は、見たものをありのままに話した。
「お食事の時間でしたが、反応がなく……お伺いしたところ、奥様が血を流して倒れていました! 手にはナイフが握られていて、きっと、奥様が自ら……!」
「――え」
 小さなつぶやきがこぼれ、信じたくない現実が胸に落ちる。
 確かに、昨夜は一緒に眠ったはずだ。だから、一時的な自殺願望は消えたとばかり思っていた。てっきり、生きてくれるのだと勘違いしていたかもしれない。私は、彼女の都合の良いところしか見ていなかった。
「早く来てください! お願いします! 私たちではどうにもなりません!」
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