2 / 107
1章 壊れた心
2話 人形みたいだよね
しおりを挟む
次はメイクだ。メイクポーチを取り、ドレッサーの前で、アップの顔を見て椅子に座る。
『リップは赤よりピンクだよね』
『濃いより薄めだなぁ』
『これ、俺の好きなアクターが使ってるんだ。もちろん、ベイリーにも似合うよ』
『それはナンセンスだよね』
『アイラインは茶より黒だよね』
『肌荒れしないでよね? 醜いから』
彼の「嫌い」にならないよう、注意して。ベースを仕上げて、上から下へと化けていく。
「行ってきます」
家族が出掛けたあと、私はバス停まで歩くために家を出た。
私はローレンティア・ノクティス、17歳の11年生。9年生から、バスで20分ほどかかるハイスクールに通っている。通学時間は約40分。歩く時間も、車内の中でも、欠かさずスマホとにらめっこしている。彼からのメッセージに返信をしないといけない。気持ちを込めて。脳内に言葉が浮かび、次々と文章になっていく。一瞬にしてつくread。そうしたら次のものを考えて、何が送られてくるのか待つ。窓の外には目もくれず、ほかのティーンが存在しないもののように思える。私には彼しかいない。彼しか見えない。彼以外のものはどうでもいい。
駅から10分離れているセレリス統合高等学院。9年生から12年生まで、全校生徒は500人ほど。9年生は特に成績に左右されず、10年生~12年生は文理クラスに分けられる。セルヴィア共和国の都市「ノヴァ・ヴェルト」北区にある国立統合教育機関。「忠誠・秩序・向上」を三本柱とする国家主導の教育モデル校だ。丘の上に校舎が立ち、全体が白と灰の石造り。周囲には、中央書庫、国家教育観察局北支部、聖ルシア修道院、市民向け生体検診センターがある。
今は11年生の10月。少しずつ昼の時間が減って、夜の時間が増えるころ。朝夜と昼の寒さが際立ち、上着が必要だ。日差しがある分、日中は暖かい。長袖長ズボンを着れば満足に過ごせる。
ハイスクールに着いた。他校とはいえ、彼も同じくらいの時間に登校しているはず。
最後はいつも私。いつでもどこでも。readがつかないなんていつものこと。それでも構わない。放課後になれば、好きなだけ会って触れられるから。
私は、9月から最終学年の12年生になる。
将来のことはある程度考えている。
『ベイリーはどんな人にでも優しいから、医者になるのはどう?』
『頭もいいし。医学部に進学してみたら? 給料も高くて、やりがいがきっとあるよ』
その言葉に押されて、医学部のある大学への進学を目指すことにした。必要な知識を身に着け、単位を修得する。今年度の試験はあと5回で、今のところ十分に基準を満たしている。両親や先生と面談し、大学進学への道筋を思い描いている途中。
バスを降りてゲートをくぐり、並木道を歩いた。春になれば花が咲き乱れる。今は、茶色くなった葉は枯れ、風に舞って飛ばされるだろう。そして、だれにとっても厳しい冬が訪れる。
教室の中に入っていった。席を探し、教科書やワークブックの入ったバッグを椅子の上に置く。念の為予習しておきたくて、ペンを取る。教室にはざっと10人。残りの15人は、次のバスや別の交通手段で着くだろう。
「……って気持ち悪いよね? 特に声と顔!」
「わかる~! 苛立つよね」
「自覚してないなんて信じられない!」
「まだ懲りずに来てるよ」
「ねえー。だれも友達なんていないのに」
「ひとりぼっちで可哀想~!」
コートをかける棚の近くで、3人組の女子たちが話している。彼女たちの声はとても大きくて、聞きたくない声も耳に響いてしまう。彼女たちの格好の餌食はだれでもよくて、憂さ晴らしになればそれで十分だった。
「そんなことより、もっと気持ち悪い人がここにいるよ」
「そうそう! ラウだよね?」
「あの子、人形みたいだよね」
――私だ。
思わず、首に手を当てて潰すように握った。
『リップは赤よりピンクだよね』
『濃いより薄めだなぁ』
『これ、俺の好きなアクターが使ってるんだ。もちろん、ベイリーにも似合うよ』
『それはナンセンスだよね』
『アイラインは茶より黒だよね』
『肌荒れしないでよね? 醜いから』
彼の「嫌い」にならないよう、注意して。ベースを仕上げて、上から下へと化けていく。
「行ってきます」
家族が出掛けたあと、私はバス停まで歩くために家を出た。
私はローレンティア・ノクティス、17歳の11年生。9年生から、バスで20分ほどかかるハイスクールに通っている。通学時間は約40分。歩く時間も、車内の中でも、欠かさずスマホとにらめっこしている。彼からのメッセージに返信をしないといけない。気持ちを込めて。脳内に言葉が浮かび、次々と文章になっていく。一瞬にしてつくread。そうしたら次のものを考えて、何が送られてくるのか待つ。窓の外には目もくれず、ほかのティーンが存在しないもののように思える。私には彼しかいない。彼しか見えない。彼以外のものはどうでもいい。
駅から10分離れているセレリス統合高等学院。9年生から12年生まで、全校生徒は500人ほど。9年生は特に成績に左右されず、10年生~12年生は文理クラスに分けられる。セルヴィア共和国の都市「ノヴァ・ヴェルト」北区にある国立統合教育機関。「忠誠・秩序・向上」を三本柱とする国家主導の教育モデル校だ。丘の上に校舎が立ち、全体が白と灰の石造り。周囲には、中央書庫、国家教育観察局北支部、聖ルシア修道院、市民向け生体検診センターがある。
今は11年生の10月。少しずつ昼の時間が減って、夜の時間が増えるころ。朝夜と昼の寒さが際立ち、上着が必要だ。日差しがある分、日中は暖かい。長袖長ズボンを着れば満足に過ごせる。
ハイスクールに着いた。他校とはいえ、彼も同じくらいの時間に登校しているはず。
最後はいつも私。いつでもどこでも。readがつかないなんていつものこと。それでも構わない。放課後になれば、好きなだけ会って触れられるから。
私は、9月から最終学年の12年生になる。
将来のことはある程度考えている。
『ベイリーはどんな人にでも優しいから、医者になるのはどう?』
『頭もいいし。医学部に進学してみたら? 給料も高くて、やりがいがきっとあるよ』
その言葉に押されて、医学部のある大学への進学を目指すことにした。必要な知識を身に着け、単位を修得する。今年度の試験はあと5回で、今のところ十分に基準を満たしている。両親や先生と面談し、大学進学への道筋を思い描いている途中。
バスを降りてゲートをくぐり、並木道を歩いた。春になれば花が咲き乱れる。今は、茶色くなった葉は枯れ、風に舞って飛ばされるだろう。そして、だれにとっても厳しい冬が訪れる。
教室の中に入っていった。席を探し、教科書やワークブックの入ったバッグを椅子の上に置く。念の為予習しておきたくて、ペンを取る。教室にはざっと10人。残りの15人は、次のバスや別の交通手段で着くだろう。
「……って気持ち悪いよね? 特に声と顔!」
「わかる~! 苛立つよね」
「自覚してないなんて信じられない!」
「まだ懲りずに来てるよ」
「ねえー。だれも友達なんていないのに」
「ひとりぼっちで可哀想~!」
コートをかける棚の近くで、3人組の女子たちが話している。彼女たちの声はとても大きくて、聞きたくない声も耳に響いてしまう。彼女たちの格好の餌食はだれでもよくて、憂さ晴らしになればそれで十分だった。
「そんなことより、もっと気持ち悪い人がここにいるよ」
「そうそう! ラウだよね?」
「あの子、人形みたいだよね」
――私だ。
思わず、首に手を当てて潰すように握った。
1
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
だから言ったでしょう?
わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。
その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。
ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる