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エピソード
Ep.21 無理ゲー
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Ep.21 無理ゲー
あれから長い時間が経って、俺は大学を卒業して就職した。朝から晩までパソコンの画面を見続け、電話が鳴ったら受話器をとる。嫌みな上司や、厄介なクレーマーにもペコペコ頭を下げなければいけない。家まで仕事を持って帰ったり、会社に寝て続きをしたりして気が狂っていた。休みは週に1日あったけど、お構いなしに電話がかかってきて、気の休まるときがない。家には寝るためだけに帰ってきて、食事もとらず出社した。最初だから、奨学金を返さなければと躍起になっていたけど、結局何の意味もなかったと身を以て知ることになる。
確か、ユリシアが家に来たとき、天気が急変して大雨に見舞われていた。電話の相手の声が聞こえないくらいのひどい雨だった。交通機関が麻痺し、道路が水浸しになって立ち往生するという問題が起きる。仕事どころではなくて、コーヒーを飲み、一生やっても片付かない仕事と向き合っていた。こんなときに来客なんておかしいから、よく覚えている。
「助けて……お願い……」
ずぶ濡れになった彼女を家に入れて、タオルで軽く拭いた。彼女がシャワーを浴びている間、洋服を洗濯して新しいものを用意する。ポットに水を足して、スイッチを押して温めた。戸棚を開け、コーヒーに合うチョコレートクッキーをとってテーブルに置く。
食べたり飲んだりしながら、どんなことがあったのか詳しく聞いた。卒業までに就職先が決まらず、家から追い出されたと。
彼女の家庭環境があまり良くないものだと前々から聞いていた。家に行ったことはないし、直接見たこともないけれど、なんとなくイメージが浮かんだ。彼女の歪な線をたとれば、自然と家庭環境にたどり着く。パズルのピースが埋まった気がした。
俺は彼女のSOSを受け入れ、家に住まわせることにした。正直、一緒に暮らす時期が、今になるとは思わなかった。でも断る理由がなくて、ほかに行く先もなさそうだった。いや、俺が手を離したら何をするかよくわかっていたから、引き止めた。
特別なことを望んだわけじゃない。ただ一緒にいてほしかった。互いに思っていたことだろう。彼女は愛に飢えて行き場をなくし、俺は缶詰にされて自分を失っていた。悪目立ちしているところを補って、同じ時間を共有したかっただけ。
彼女は必死に家事を勉強して、少しずつ生活に変化が生まれた。朝早く起きて朝食と昼食を作り、夜は出迎えて愚痴を聞いてくれる。昼休憩に、サンドウィッチやドリアを食べることがちょっとした幸せだった。朝と夜食事を抜いていたから痩せていたけど、いい意味で肉がついてきた。生活サイクルが決まって、ほんの少しだけ仕事を効率化できた気がする。それでも終わらないものは終わらないし、ドラマ視聴中に着信音が鳴るだけで怯えてしまうけれど。
普段の忙しさに目が回って、正しい判断ができなくなってきた。早く仕事を終わらせたい。食事や睡眠なんてどうでもいい。とにかく甘いものがほしい。取り繕うのも限界が来て、彼女に当たり散らしてしまいそう。そんなときは爆食して、カラオケで歌って、その辺を走り回って気持ちを落ち着けた。
忙しいからという理由で、彼女の話をまったく聞いていなかった。頭の中は仕事仕事仕事仕事仕事仕事でいっぱいでスキがなかった。
「最後に、ユリと話したのいつだっけ……?」
ある日の午後、ある疑問が浮かび上がった。でも思い出せない。話を聞き流し、話しかけようともしなかったから。頭の仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事が弾けて飛んで、空っぽになった。
「疲れたときにはこの薬! 一瞬で頭きらきらになるよ!」
彼女からもらった薬……抗うつ剤。これでも飲んで気を紛らわせるか。
ぼーっとしていると、プライベートスマホに着信があって、こっそり手に取った。開けてみると、ESからの付き合いの友人が一番上に出てくる。なんと、幼馴染と結婚し、式を挙げるから参加しないか? という誘いだった。断りの連絡を入れようとして、一度文字を全部消した。
「結婚か……。今の俺では無理だな」
収入が安定していなくて、支出が多い。借金でもしないと指輪は買えないし、まして、式を開くだなんて無理ゲーだ。そんな贅沢なことを考えている暇はない。結婚……するかも決められないけれど、今の生活を守りたい。そう決めて、友人の誘いを断った。
あれから長い時間が経って、俺は大学を卒業して就職した。朝から晩までパソコンの画面を見続け、電話が鳴ったら受話器をとる。嫌みな上司や、厄介なクレーマーにもペコペコ頭を下げなければいけない。家まで仕事を持って帰ったり、会社に寝て続きをしたりして気が狂っていた。休みは週に1日あったけど、お構いなしに電話がかかってきて、気の休まるときがない。家には寝るためだけに帰ってきて、食事もとらず出社した。最初だから、奨学金を返さなければと躍起になっていたけど、結局何の意味もなかったと身を以て知ることになる。
確か、ユリシアが家に来たとき、天気が急変して大雨に見舞われていた。電話の相手の声が聞こえないくらいのひどい雨だった。交通機関が麻痺し、道路が水浸しになって立ち往生するという問題が起きる。仕事どころではなくて、コーヒーを飲み、一生やっても片付かない仕事と向き合っていた。こんなときに来客なんておかしいから、よく覚えている。
「助けて……お願い……」
ずぶ濡れになった彼女を家に入れて、タオルで軽く拭いた。彼女がシャワーを浴びている間、洋服を洗濯して新しいものを用意する。ポットに水を足して、スイッチを押して温めた。戸棚を開け、コーヒーに合うチョコレートクッキーをとってテーブルに置く。
食べたり飲んだりしながら、どんなことがあったのか詳しく聞いた。卒業までに就職先が決まらず、家から追い出されたと。
彼女の家庭環境があまり良くないものだと前々から聞いていた。家に行ったことはないし、直接見たこともないけれど、なんとなくイメージが浮かんだ。彼女の歪な線をたとれば、自然と家庭環境にたどり着く。パズルのピースが埋まった気がした。
俺は彼女のSOSを受け入れ、家に住まわせることにした。正直、一緒に暮らす時期が、今になるとは思わなかった。でも断る理由がなくて、ほかに行く先もなさそうだった。いや、俺が手を離したら何をするかよくわかっていたから、引き止めた。
特別なことを望んだわけじゃない。ただ一緒にいてほしかった。互いに思っていたことだろう。彼女は愛に飢えて行き場をなくし、俺は缶詰にされて自分を失っていた。悪目立ちしているところを補って、同じ時間を共有したかっただけ。
彼女は必死に家事を勉強して、少しずつ生活に変化が生まれた。朝早く起きて朝食と昼食を作り、夜は出迎えて愚痴を聞いてくれる。昼休憩に、サンドウィッチやドリアを食べることがちょっとした幸せだった。朝と夜食事を抜いていたから痩せていたけど、いい意味で肉がついてきた。生活サイクルが決まって、ほんの少しだけ仕事を効率化できた気がする。それでも終わらないものは終わらないし、ドラマ視聴中に着信音が鳴るだけで怯えてしまうけれど。
普段の忙しさに目が回って、正しい判断ができなくなってきた。早く仕事を終わらせたい。食事や睡眠なんてどうでもいい。とにかく甘いものがほしい。取り繕うのも限界が来て、彼女に当たり散らしてしまいそう。そんなときは爆食して、カラオケで歌って、その辺を走り回って気持ちを落ち着けた。
忙しいからという理由で、彼女の話をまったく聞いていなかった。頭の中は仕事仕事仕事仕事仕事仕事でいっぱいでスキがなかった。
「最後に、ユリと話したのいつだっけ……?」
ある日の午後、ある疑問が浮かび上がった。でも思い出せない。話を聞き流し、話しかけようともしなかったから。頭の仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事が弾けて飛んで、空っぽになった。
「疲れたときにはこの薬! 一瞬で頭きらきらになるよ!」
彼女からもらった薬……抗うつ剤。これでも飲んで気を紛らわせるか。
ぼーっとしていると、プライベートスマホに着信があって、こっそり手に取った。開けてみると、ESからの付き合いの友人が一番上に出てくる。なんと、幼馴染と結婚し、式を挙げるから参加しないか? という誘いだった。断りの連絡を入れようとして、一度文字を全部消した。
「結婚か……。今の俺では無理だな」
収入が安定していなくて、支出が多い。借金でもしないと指輪は買えないし、まして、式を開くだなんて無理ゲーだ。そんな贅沢なことを考えている暇はない。結婚……するかも決められないけれど、今の生活を守りたい。そう決めて、友人の誘いを断った。
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