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2話 やめて!
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2話 やめて!
「……え?」
私は死んだはずだった。それなのに、生きていた。なぜなら、銃を撃つ前に、ドアが蹴破られたから。
目を見張って息を止めている間に、希死念慮は薄れていた。だれかに見られた、その衝撃と恥ずかしさが強かったから。だれにも見られたくないと思っていたのに……。
まだ引き金に指は置いてある。だから、撃とうと思えば撃てる。……けど、そんな甘い考えは一瞬にして吹き飛んだ。
「……やめて!」
そうはっきりと聞こえた。震えているけど迷いがなくて、思わず舌を噛んだ。机や椅子が散乱した薄暗い倉庫では、それが男性であることだけわかった。……知らないもの。聞いたことのないもの。
ガン、と鈍い音がした。
私が撃つよりも前に、声の主が、次々と机や椅子に飛び乗って止めに来る。あまりの速さに目が追い付かなかった。
「!?」
銃は払われ、コケの生えたコンクリートに落ちていく。それならいい、片手にもう1本ある。多少は苦しむだろうけど、首を刺してしまえ。
さっきの人は、落ちた銃を拾ってベルトに掛ける。距離が近くなったから、少しずつその人のことが分かる。闇に馴染む短い黒髪、スカイブルーの右目、黒と青の制服。胸ポケットのピンバッジは私のものと同じだから、同学年の男子生徒である。
私の手は動いている。切れ味のいいものだから、想像よりさくりと切れている気がする。今まで感じたことない痛みだ。でも、きっと、それは痛くて痛いわけじゃない。カラカラに乾いた、虚しい心の叫びだ。
その人は急いでいたわけではない。ゆっくりと私に近づいて、ナイフを持つ私の右手を掴んだ。強い。振りほどけない。首とは反対方向に力を加える。あっという間に痛みから離れてしまう。驚いて力が抜け、ナイフを取られ、コンクリートにぺたりと座り込んだ。右手を首に当ててみる。かすかに血がついているようだけど、まったく痛くなかった。
「……だれ?」
呆然と尋ねた。顔を上げて、その人物の顔をよく見てみる。彫りが深い。整った綺麗な顔をしている。眉毛と目の距離は近く、鼻が高い。瞬きしていると、その人の艶めいた唇が開かれた。
「同じクラスの、フィディリス・シュヴァリエ。怪我してるよね。手当てするよ。来て」
同じクラスって言われたけど聞いたことない。新しいクラスが始まって、1カ月も経っていないから?
でも、フィディリスは私に近づいて右手を差し出した。よくわからない人の手を握る理由はない。首を振って嫌だと伝える。……スキを見て逃げよう。その前に、この人がここを去る理由を作らなくては。
「Sickbay、開いてるから行こうよ」
「その……ありがとう。手当ては結構よ。自分でやるわ」
フィディリスの右手を押し、足を伸ばして立ち上がる。けど、バランスを崩して倒れそうになり、フィディリスの両手に支えられた。
「歩ける? そうだ。これ」
フィディリスは、ポケットから出したティッシュを何枚か重ねて首に当てる。じわりと血が滲んで赤くなったようだけど、まだあまりよく見えない。
「じゃあ行こう」
有無を言わさないこの物言い……従わないと面倒なことになりそう。仕方ない。今死ぬのは諦めよう。
「歩けるから平気よ」
両手を引っ張って離し、スカートや膝についた砂を払う。そして、右手でティッシュを押さえ、錆びた窓から差すオレンジ色の光を見る。……ここに入ってきたときより、だいぶ暗く感じる。最近、日の落ちる時間が早くなってきたせいかも。
フィディリスは、ドア付近のものを退かして歩きやすいようにしてくれた。ここを抜ければ非日常は終わりで、見たくもない現実がやってくる。沈みかけている夕日を全身で浴びる。……来てしまった。二度と見ることないと思っていたのに。
フィディリスは私の目を見ながら、隣を歩く。今日初めて出会った人とは思えないほど、自然に。
「助けてくれてありがとう。どうかしてたみたい」
……見殺しに、いや、楽に死なせてほしかった……。
「間に合ってよかったよ」
「……」
それ以上話すことがなくて黙る。12年生が始まって10日くらい経つけど、やはり、こんな人は見たことがない。
クラブ活動は終わっているところが多い。ボールを片付けたり、グラウンドを整備したりと帰りの準備を始めている。ユニフォームを着ている人たちがざっと30人前後で、制服姿の私たちは明らかに浮いている。グラウンドと校舎の間の道を歩きながら、ぼんやりと考え事をしていた。
フィディリス・シュヴァリエ。私には変わり者のように見える。クセや前髪のないストレートヘアで、切れ長のスカイブルーの右目、コバルトブルーの左目、細くて高い鼻。タイは緩くて一番上のボタンは留められていないけど、それ以外は着崩している感じはない。……ズボンのベルト、右側に――私が持っていた銃がかけられている。
「ところで、どうしてあそこにいたの? 何かあった?」
「……え?」
私は死んだはずだった。それなのに、生きていた。なぜなら、銃を撃つ前に、ドアが蹴破られたから。
目を見張って息を止めている間に、希死念慮は薄れていた。だれかに見られた、その衝撃と恥ずかしさが強かったから。だれにも見られたくないと思っていたのに……。
まだ引き金に指は置いてある。だから、撃とうと思えば撃てる。……けど、そんな甘い考えは一瞬にして吹き飛んだ。
「……やめて!」
そうはっきりと聞こえた。震えているけど迷いがなくて、思わず舌を噛んだ。机や椅子が散乱した薄暗い倉庫では、それが男性であることだけわかった。……知らないもの。聞いたことのないもの。
ガン、と鈍い音がした。
私が撃つよりも前に、声の主が、次々と机や椅子に飛び乗って止めに来る。あまりの速さに目が追い付かなかった。
「!?」
銃は払われ、コケの生えたコンクリートに落ちていく。それならいい、片手にもう1本ある。多少は苦しむだろうけど、首を刺してしまえ。
さっきの人は、落ちた銃を拾ってベルトに掛ける。距離が近くなったから、少しずつその人のことが分かる。闇に馴染む短い黒髪、スカイブルーの右目、黒と青の制服。胸ポケットのピンバッジは私のものと同じだから、同学年の男子生徒である。
私の手は動いている。切れ味のいいものだから、想像よりさくりと切れている気がする。今まで感じたことない痛みだ。でも、きっと、それは痛くて痛いわけじゃない。カラカラに乾いた、虚しい心の叫びだ。
その人は急いでいたわけではない。ゆっくりと私に近づいて、ナイフを持つ私の右手を掴んだ。強い。振りほどけない。首とは反対方向に力を加える。あっという間に痛みから離れてしまう。驚いて力が抜け、ナイフを取られ、コンクリートにぺたりと座り込んだ。右手を首に当ててみる。かすかに血がついているようだけど、まったく痛くなかった。
「……だれ?」
呆然と尋ねた。顔を上げて、その人物の顔をよく見てみる。彫りが深い。整った綺麗な顔をしている。眉毛と目の距離は近く、鼻が高い。瞬きしていると、その人の艶めいた唇が開かれた。
「同じクラスの、フィディリス・シュヴァリエ。怪我してるよね。手当てするよ。来て」
同じクラスって言われたけど聞いたことない。新しいクラスが始まって、1カ月も経っていないから?
でも、フィディリスは私に近づいて右手を差し出した。よくわからない人の手を握る理由はない。首を振って嫌だと伝える。……スキを見て逃げよう。その前に、この人がここを去る理由を作らなくては。
「Sickbay、開いてるから行こうよ」
「その……ありがとう。手当ては結構よ。自分でやるわ」
フィディリスの右手を押し、足を伸ばして立ち上がる。けど、バランスを崩して倒れそうになり、フィディリスの両手に支えられた。
「歩ける? そうだ。これ」
フィディリスは、ポケットから出したティッシュを何枚か重ねて首に当てる。じわりと血が滲んで赤くなったようだけど、まだあまりよく見えない。
「じゃあ行こう」
有無を言わさないこの物言い……従わないと面倒なことになりそう。仕方ない。今死ぬのは諦めよう。
「歩けるから平気よ」
両手を引っ張って離し、スカートや膝についた砂を払う。そして、右手でティッシュを押さえ、錆びた窓から差すオレンジ色の光を見る。……ここに入ってきたときより、だいぶ暗く感じる。最近、日の落ちる時間が早くなってきたせいかも。
フィディリスは、ドア付近のものを退かして歩きやすいようにしてくれた。ここを抜ければ非日常は終わりで、見たくもない現実がやってくる。沈みかけている夕日を全身で浴びる。……来てしまった。二度と見ることないと思っていたのに。
フィディリスは私の目を見ながら、隣を歩く。今日初めて出会った人とは思えないほど、自然に。
「助けてくれてありがとう。どうかしてたみたい」
……見殺しに、いや、楽に死なせてほしかった……。
「間に合ってよかったよ」
「……」
それ以上話すことがなくて黙る。12年生が始まって10日くらい経つけど、やはり、こんな人は見たことがない。
クラブ活動は終わっているところが多い。ボールを片付けたり、グラウンドを整備したりと帰りの準備を始めている。ユニフォームを着ている人たちがざっと30人前後で、制服姿の私たちは明らかに浮いている。グラウンドと校舎の間の道を歩きながら、ぼんやりと考え事をしていた。
フィディリス・シュヴァリエ。私には変わり者のように見える。クセや前髪のないストレートヘアで、切れ長のスカイブルーの右目、コバルトブルーの左目、細くて高い鼻。タイは緩くて一番上のボタンは留められていないけど、それ以外は着崩している感じはない。……ズボンのベルト、右側に――私が持っていた銃がかけられている。
「ところで、どうしてあそこにいたの? 何かあった?」
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