空白樹の七片 ‐セプテントリオン・クロニクル‐ Ⅰ『黎明片 Dawnleaf』 記憶を失くした少女と、土に眠る欠片の目覚め

蒼野 湊

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第2章 追撃の蒼煙

帝国少尉ベルクの記憶

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監視結晶に映るのは、傷だらけの少女の姿。
だがベルクには、その顔よりも瞳が目に焼きついた。

(……あの目を、俺は知っている)

かつて、自分の弟が“感応者”の疑いをかけられ、収容されたときのことを思い出す。
弟は無抵抗で、無言のまま連れていかれた。
軍の言い分では、“社会的安全のため”だった。

数年後、彼のもとに返されたのは黒封の報告書と、焼却処分寸前の私物がひとつ――
日記帳。

その日記の最後には、こう書かれていた。

「兄さん、風が鳴いたよ。僕はまだ、ここにいるってわかった」

その一節が、ベルクの胸に杭のように刺さっている。

(風が……鳴いた?)

いま、峡谷に満ちるあの異常な気流――
部下たちが混乱し、音源を特定できずにざわつく中で、
ベルクはそっと頭を垂れた。

「命令は……拘束。しかし」

手元の通信機に指をかけながら、ベルクは自問する。

(この少女も、本当に“排除すべき脅威”なのか?)

弟を失った過去。
命令に従ってきた年月。
だが、そのどれもが“確かではなかった”と、今は思える。

風が鳴く――それは、かつて弟が使った言葉だった。
そしていま、それが目の前で現実に鳴り響いている。

「俺は……何を守ってきた?」そのとき、彼はかつての“弟”を思い出していた。

かつて彼の弟も、ある日突然、感応者の疑いをかけられ“保護”された。
戻ってきたのは記録のみ、そして空席となった食卓。

「感応者は……恐れるべき存在なのか?」

命令は絶対。しかし、かつて家族を差し出した男の心には、いまだ消えない問いが残っていた。
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