空白樹の七片 ‐セプテントリオン・クロニクル‐ Ⅰ『黎明片 Dawnleaf』 記憶を失くした少女と、土に眠る欠片の目覚め

蒼野 湊

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第3章 学士との邂逅

結晶の律動

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通路の終端近く、岩肌の一角に微かな違和感があった。

フィアは立ち止まり、呼吸を整えながらその場所に視線を向けた。
湿り気を帯びた壁面の一部が、わずかに――ほんの数ミリ単位で、だが確かに――膨らんだり、収縮したりしていた。
まるで、それ自体が“呼吸”しているかのように。

「……ここ、なにか……いる?」

「“鳴いてる”な。地層の奥で結晶が共鳴してる」

リオが結晶端末を壁にかざすと、空中に音が走った。
低い共鳴音が空気を震わせ、壁の表面に、淡い光で描かれた文様が浮かび上がる。

それは古いルーンだった。
風を表す螺旋、土を表す線条、そして、中央でそれらを束ねる“空白”の象形。

「やっぱり……欠片が君を導いてる」

リオの言葉に、フィアはそっと胸元へ手を添える。
欠片が白く瞬き、先ほどよりも明確に“返事”をするかのように輝いた。

(この共鳴は……わたしの中の何かが、応えてる)

次の瞬間、彼女の視界が一瞬だけ反転した。
いや、“ずれた”のだ。

一拍の間、そこに確かに存在していた空間が、音の層に沿って“ずれ動く”ように感じられた。

「これって……時間、じゃないの?」

フィアの呟きに、リオは息を止めたようだった。

「君、よくそれに気づいたな……。共鳴の深層は、空間だけでなく時間軸にも干渉する可能性がある。
とくに〈欠片〉が絡んでる場合は、未来の記憶や過去の可能性を引き寄せることもある」

足元の水面に映る光景が、わずかに“異なる峡谷”を映し出していた。
人影もなく、風が止まり、夜空がまるで欠片の中に閉じ込められているかのように揺らめいていた。

(これが、“記憶の原型”……?)

壁の鼓動が止まり、光がすっと引いていく。
だが、彼女の中にはまだその“振動”が残っていた。
指先に宿る静かな律動。
それは、欠片が彼女の中で確かに“目を覚まし始めた”という証だった。

通路の先には、やがて谷を横断する巨大な吊橋が姿を現す。
だがそこは、次なる“遭遇”の地でもあった。

通路の先に広がったのは、岩棚の縁にかかる一本の吊橋だった。
谷の両側を結ぶその構造は古く、苔むした縄と石杭が軋んでいたが、風を孕んでわずかに揺れていた。

リオが立ち止まり、風の鳴る方へ視線を送る。

「この先へ行けば、土界の監視線からは外れる」

フィアは頷く。その胸で、欠片が静かに光を宿していた。
それはまるで「この出会いは始まりでしかない」と語っているようだった。

リオがふと笑みをこぼす。
「さて、名前を呼び合ったからには、もう“他人”ではないな」

吊橋の向こうに揺らめく朝の霧。
風はその霧を裂くように、再び鳴いた。

そして、ふたりはその音を背に、新たな界へと足を踏み出した。
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