空白樹の七片 ‐セプテントリオン・クロニクル‐ Ⅰ『黎明片 Dawnleaf』 記憶を失くした少女と、土に眠る欠片の目覚め

第4章 村落炎上

焦燥の盆地

谷を渡る吊橋の先、目の前に広がったのは、素朴な風景だった。
小川が蛇行するように盆地を縫い、段丘の上に寄り添うように並んだ十にも満たない小屋。
木製の水車が軋みながらゆっくり回り、石を重ねただけの橋の上を、村の子どもたちが走って渡っていく。

だが、平穏さの背後に、どこか張りつめたものが漂っていた。
それは“帝国の手が及ばない村”としての不文律と、いつ崩れるとも知れない日常の仮面。

その村には、帝国から派遣された若き警備隊員がひとりいた。
名をライナ・ファルク。軍規に忠実でありながら、辺境勤務に嫌気が差していた。

彼女はかつて都で衛兵として表彰された経歴を持ちつつ、上官に逆らったことで左遷されてきた過去がある。
その誇りと諦念が交じった眼差しは、村人にとっても“無関与な壁”だった。

フィアとリオが村へ現れたとき、ライナは納屋の影からその姿を目撃していた。

「この地に似つかわしくない目をしていた」

そう、彼女は後に報告書に書き記す。
だがそのときはまだ、欠片の力にも、少女の“存在の異常”にも気づいてはいなかった。

彼女はただ、遠くからその背を見つめながら、ぼそりとつぶやいただけだった。

「どうせまた、嵐を連れてくるんだろうさ……」

名をライナ・ファルク。軍規に忠実でありながら、辺境勤務に嫌気が差していた。

彼女はかつて都で衛兵として表彰された経歴を持ちつつ、上官に逆らったことで左遷されてきた過去がある。

フィアとリオが村へ現れたとき、ライナは密かにその姿を目撃していた。

「この地に似つかわしくない目をしていた」

そう、彼女は後に報告書に書き記す。

だがそのときはまだ、欠片の力にも、少女の“存在の異常”にも気づいてはいなかった。

彼女はただ、遠くからその背を見つめながら、ぼそりとつぶやいただけだった。

「どうせまた、嵐を連れてくるんだろうさ」

吊橋を渡った先にあったのは、わずかな畑と水路が並ぶ盆地の村だった。小屋の数は十にも満たず、素朴な暮らしの気配が漂っていた。

「ここが……ローザの盆地」

リオが呟く。かつて鉱石運搬の中継地として栄えたが、今は帝国の物流線から外れた無名の村。

「今のところ、帝国の監視は薄いはずだ。君をしばらく匿える場所もある」

村に入ったフィアは、どこか懐かしさを覚えながら、農夫たちの視線を避けるようにフードを深くかぶった。

子どもたちが土遊びをしていた。風鈴代わりの石鈴が、かすかに鳴っている。