【連載版】眠れる森の王子様を目覚めさせたら執着されて困っています

白沢 果

文字の大きさ
6 / 11

第6話

しおりを挟む
 話し合いが終わり、クララは母ルクレツィアをそっと呼び止めた。

「お母様は……私が修道女になること、反対しておられるとばかり思っていました」

 その言葉に、ルクレツィアはゆるやかに微笑み、やがて穏やかな声で応じた。

「そう思わせてしまったなら、それはわたくしの未熟さね。でも、クララ……あなたがどれほど真剣に自分の道を見つめていたか、わたくしはちゃんと見ていたのよ」

「……私のこと、気づいておられたのですか?」

「もちろんよ。でもわたくしだけではないわ。夜更けに灯るランプの明かり、観測ノートに書き込む小さな文字。毎晩疲れた顔で目をこすりながらも、星を見上げていたでしょう。隠しているつもりだったかもしれないけれど、あなたの努力は……皆が知っているわ」

 クララは息を呑んだ。母には決して悟られまいとしていた自分の姿が、こんなにも鮮やかに見られていたことに、気恥ずかしさと喜びが去来する。

「お父様とも話し合っていたのよ。もう少し状況が落ち着いたら、正式に修道院へ願い出ようって。半年後には、あなたを送り出す予定だった」

「そんな……私、何も知らなくて……」

「あなたには、余計な心配をさせたくなかったの。でも……そうね、王宮にあなたを行かせたのは、あれはわたくしの甘さだった」

 ルクレツィアの声が少しだけ掠れる。

「どこかで、まだ迷っていたの。母として、あなたを遠くにやる覚悟ができていなかったのね。あなたの夢を応援しているふりをして、まだ……手放したくなかった。あなたが、あまりにも愛しいから」

 その静かな告白に、クララの胸にじわりと温かな痛みが広がる。
 修道女になれば家族には滅多なことでは会えなくなる。自分の夢ばかり追って母の気持ちに気づかなかった自分をクララは恥じた。

「でも、もう決めたの。あなたの夢は、あなた自身が選び取ったもの。母として、それを支えられなければ意味がないわ」

 ルクレツィアはクララの手を取ると、優しく握りしめた。

「だから――任せておきなさい。あなたの夢のためなら、わたくしは何だってしてみせます。修道院に送り出すと決めたからには、王家がどう出ようと、必ず守ってみせます。信じなさい、クララ。わたくしは、あなたの母です」

「……お母様……」

 クララは思わず、その手をぎゅっと握り返した。母のぬくもりは、言葉以上にまっすぐで力強く、心を包み込んでくれた。

 だが、母はその手を包んだまま、ふっと息をついて続けた。

「ですが――あなたがそれでも王太子殿下を選ぶと判断したのなら、それはそれで構いません。修道女でも、王太子妃でも。あなた自身が望んだ道なら、わたくしは反対しません」

 その言葉に、クララは一瞬だけ目を見張った。

 それは、ただ娘を遠くへやりたくないという母なりの本音だったのだろう。どこにいても幸せでいてくれるのなら、それでいい――そんな静かな願いが、母の瞳に込められていた。


 ――

 翌日から、クララは盛大に「寝込んで」みせた。
 部屋に本を山のように積み上げ、熱心に読み耽る。外に出ることはないが、体調不良というより、静かな籠城戦のようだった。

 セレナやヴィタが時折顔を出し、おしゃべりをしたり、メイドとカードゲームに興じたりする時間もあった。カードゲームにはヴィタもたまに加わったが、彼女はすぐに表情に出るため手札が読みやすい。セレナはその点を自覚しているのか、最初から参加せず、紅茶を片手に微笑みながら観戦していた。

 そんな穏やかで静かな日々が四日ほど続いた。

 だが五日目の朝、クララのもとに一通の手紙が届けられた。

 ――王太子からだった。

「……わたくしの想定では、王家が真実にたどり着くまで少なくとも一週間はかかると思っていたのですが……」

 ルクレツィアが苦々しくため息をつきながら、手紙をクララに差し出す。

「さすがにこれは、読まないわけには参りませんね」

 封筒は上質な白紙に金の縁取りが施され、品のある整った筆跡で「クララ様」と宛名が書かれていた。裏面には、小さく「フィリクス」とサインのように記されている。

 クララは静かにペーパーナイフを取り、封を切った。緊張で指先が少し震えていた。

 手紙の文面は短く、だが丁寧で、過不足ない誠実さがそこにあった。
 最初に驚かせた謝罪から始まり、次にクララの体調を心配する旨、そして解呪の感謝が綴られていた。

 文字は静かで、押しつけがましさがまるでない。それどころか、彼の感情が慎重に、だが確かに抑え込まれているのが伝わってくる。

 王太子は人柄も良いと聞いていたが、手紙からはそれがひしひしと伝わってくる。それが、彼が嫌いなわけでもないのに逃げ回っているという事実に、クララは申し訳なさを覚えた。

(話せばもしかしたらわかってくれるかもしれない)

 あちらも未来の王妃にすると誓約し、女性たちを集めた手前、引っ込みがつかないのだろう。

(辞退する旨を伝えれば、あちらも安心するのではないか)

 そう考えた。

「お母様、王太子殿下にお話して、辞退の旨を伝えたほうがよろしいでしょうか」

「……王太子殿下は良い方よ。ええ、間違いなく。でも……少しだけ、様子を見てからにしましょうか」

 その言葉には、言葉にできない何かを含んでいるようだった。

「わたくしが代筆して返事を出しましょう。クララは“病気”ですからね」

 ため息をひとつ吐いたルクレツィアは、クララから手紙を受け取り、そのまま書斎へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します

恋愛
ヤンデレ乙女ゲー主人公に転生した女の子が好かれたいやら殺されたくないやらでわたわたする話。基本ほのぼのしてます。食べてばっかり。 なろうに別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたものなので今と芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。 一部加筆修正しています。 2025/9/9完結しました。ありがとうございました。

花の精霊はいじわる皇帝に溺愛される

アルケミスト
恋愛
崔国の皇太子・龍仁に仕える女官の朱音は、人間と花仙との間に生まれた娘。 花仙が持つ〈伴侶の玉〉を龍仁に奪われたせいで彼の命令に逆らえなくなってしまった。 日々、龍仁のいじわるに耐えていた朱音は、龍仁が皇帝位を継いだ際に、妃候補の情報を探るために後宮に乗り込んだ。 だが、後宮に渦巻く、陰の気を感知した朱音は、龍仁と共に後宮の女性達をめぐる陰謀に巻き込まれて……

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?

きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...