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第7話
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王太子からの手紙は、三日に一度、律儀に届けられた。
内容はたいていクララの体調を気遣うもの。そして何か困ったことがあれば遠慮なく頼ってほしい、というさりげない申し出。
時には、「もし行き違いがあったのなら、どうか話し合う機会を」と綴られていることもあった。
――それが、誠実さゆえに苦しい。
フィリクスが常識的で礼儀正しく、そして心から気遣ってくれていることが行間から滲み出てくるほど、仮病まで使って彼を避けている自分が、どこか卑怯に思えてくるのだ。
「……今の私は、いったい何の病気なんでしょうか?」
ある日、手紙を受け取ったあとでクララがぼそりと呟くと、母と姉が顔を見合わせてから、少しだけ考え込んだ。
「確か今は、階段から転げ落ちて捻挫したことになっていたはずよ」
「その前は……ええ、食べすぎによる腹痛。その前の週は、面白い本を夜通し読んで頭痛だったわね」
「……段々と言い訳が雑になってませんか?」
クララが呆れ気味に問い返すと、ルクレツィアはまるで反省の色もなく微笑んで言った。
「そうかしら? 来週は何にしましょうか。写本のし過ぎで腱鞘炎なんてどう?」
「……お母様たちから見た私は、そんな子どもじみたことをする人間ですか? それとも、楽しんでます?」
「いやぁねえ、クララ。あなたなら本当にやりかねないでしょ?」
ルクレツィアがにこやかに返すと、セレナまで紅茶をすすりながら肩をすくめた。
――言い返せないあたりが、少し悔しい。
――
王太子フィリクスは、意中の女性――の母から届いた「会えない理由」の手紙に目を通していた。
「今週は……なるほど。星図を天井に貼ろうとして足を挫いた、か」
ふっと吹き出したかと思えば、フィリクスは肩を震わせ、ついには声を立てて笑い出した。
従者のアーベルは思わず目を丸くする。
ここ最近、王太子はその手紙を開くたびに一喜一憂している。最初の頃こそ真剣に心配していたが、途中からは戸惑い、そして今ではもう、笑いさえ漏らすようになった。
――アストリア侯爵令嬢・クララ。
たった一度軽く会話を交わしたきりで、以降は頑なに会おうとしない。そのくせ、届く手紙には毎回なんとも独特な言い訳が書かれている。
「一度まともに話せば、殿下のご誠実なお人柄くらい、誰にだって伝わるはずなんですがね……」
アーベルは、ため息混じりにぼやく。
娘だけではない。家族も一筋縄ではいかない相手だ。王宮からの使者を門前払いにし、何かと理由をつけて謁見を断ってくる。まるで城に立てこもる姫とその城主。
なのに王太子は、そんな一家にすっかり心を奪われている。
そのことが、アーベルには少しだけ、もどかしく――そして、妙に面白くもあった。
「見てくれ、アーベル」
フィリクスが手招きすると、机の引き出しから何かを取り出して見せた。手紙の束だ。
「まさか……今までの“言い訳”特集ですか? 捨てましょうよ。馬鹿馬鹿しい」
呆れを滲ませたアーベルの言葉に、フィリクスは真顔で言い返す。
「何を言う。たまに見返すと、不思議と笑えてくるんだ。……これは、私の宝物だぞ?」
どこか誇らしげですらあるその表情に、アーベルは盛大にため息をついた。
――まさか、あの非の打ち所のない完璧な王太子殿下が、こんなくだらない趣味に目覚めるとは。
呆れる気持ちが勝っているはずなのに、どこか親しみが湧いてしまうのが悔しい。
完璧すぎる男の、唯一人間らしい隙――それが「クララ嬢」なのだと、アーベルは苦笑した。
内容はたいていクララの体調を気遣うもの。そして何か困ったことがあれば遠慮なく頼ってほしい、というさりげない申し出。
時には、「もし行き違いがあったのなら、どうか話し合う機会を」と綴られていることもあった。
――それが、誠実さゆえに苦しい。
フィリクスが常識的で礼儀正しく、そして心から気遣ってくれていることが行間から滲み出てくるほど、仮病まで使って彼を避けている自分が、どこか卑怯に思えてくるのだ。
「……今の私は、いったい何の病気なんでしょうか?」
ある日、手紙を受け取ったあとでクララがぼそりと呟くと、母と姉が顔を見合わせてから、少しだけ考え込んだ。
「確か今は、階段から転げ落ちて捻挫したことになっていたはずよ」
「その前は……ええ、食べすぎによる腹痛。その前の週は、面白い本を夜通し読んで頭痛だったわね」
「……段々と言い訳が雑になってませんか?」
クララが呆れ気味に問い返すと、ルクレツィアはまるで反省の色もなく微笑んで言った。
「そうかしら? 来週は何にしましょうか。写本のし過ぎで腱鞘炎なんてどう?」
「……お母様たちから見た私は、そんな子どもじみたことをする人間ですか? それとも、楽しんでます?」
「いやぁねえ、クララ。あなたなら本当にやりかねないでしょ?」
ルクレツィアがにこやかに返すと、セレナまで紅茶をすすりながら肩をすくめた。
――言い返せないあたりが、少し悔しい。
――
王太子フィリクスは、意中の女性――の母から届いた「会えない理由」の手紙に目を通していた。
「今週は……なるほど。星図を天井に貼ろうとして足を挫いた、か」
ふっと吹き出したかと思えば、フィリクスは肩を震わせ、ついには声を立てて笑い出した。
従者のアーベルは思わず目を丸くする。
ここ最近、王太子はその手紙を開くたびに一喜一憂している。最初の頃こそ真剣に心配していたが、途中からは戸惑い、そして今ではもう、笑いさえ漏らすようになった。
――アストリア侯爵令嬢・クララ。
たった一度軽く会話を交わしたきりで、以降は頑なに会おうとしない。そのくせ、届く手紙には毎回なんとも独特な言い訳が書かれている。
「一度まともに話せば、殿下のご誠実なお人柄くらい、誰にだって伝わるはずなんですがね……」
アーベルは、ため息混じりにぼやく。
娘だけではない。家族も一筋縄ではいかない相手だ。王宮からの使者を門前払いにし、何かと理由をつけて謁見を断ってくる。まるで城に立てこもる姫とその城主。
なのに王太子は、そんな一家にすっかり心を奪われている。
そのことが、アーベルには少しだけ、もどかしく――そして、妙に面白くもあった。
「見てくれ、アーベル」
フィリクスが手招きすると、机の引き出しから何かを取り出して見せた。手紙の束だ。
「まさか……今までの“言い訳”特集ですか? 捨てましょうよ。馬鹿馬鹿しい」
呆れを滲ませたアーベルの言葉に、フィリクスは真顔で言い返す。
「何を言う。たまに見返すと、不思議と笑えてくるんだ。……これは、私の宝物だぞ?」
どこか誇らしげですらあるその表情に、アーベルは盛大にため息をついた。
――まさか、あの非の打ち所のない完璧な王太子殿下が、こんなくだらない趣味に目覚めるとは。
呆れる気持ちが勝っているはずなのに、どこか親しみが湧いてしまうのが悔しい。
完璧すぎる男の、唯一人間らしい隙――それが「クララ嬢」なのだと、アーベルは苦笑した。
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