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第10話
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花瓶を片付け終えると、フィリクスは誘われるまま応接室のソファに腰を下ろした。セレナは上品な微笑みを浮かべたまま、カップの用意を始める。
「お茶はいかがですか? 娘が淹れたものになりますが」
ルクレツィアのその一言に、空気がぴんと張った気がした。フィリクスは目を細めるが、笑みを崩さず応じる。
「もちろんいただきます。ですが、手伝いますよ。アーベルも一緒に」
「へ?」
間の抜けた声を出したセレナに、フィリクスは片目を軽く細めて頷いた。
「お一人で大変でしょう。ちょうど風邪に効くハーブティーを持参しました。淹れ方が少し難しくて、ついでにお教えしますよ」
「い、いえ、王太子殿下にそんなことをして頂くわけには……!」
「お気遣いなく。薬効のある茶は抽出温度と時間が重要です。正しい淹れ方でないと効果が薄れますから」
「……で、では、今お聞きしても?」
「言葉だけでは難しいので……せめて淹れるその場に立ち会わせてください」
セレナは困ったようにルクレツィアを見たが、ルクレツィアは首を振るだけだ。
「……ではお湯をご準備しますのでこちらで淹れましょう。キッチンに殿下をお入れするわけには参りません」
「ではそうしましょう」
フィリクスは優雅に微笑みを浮かべた。
フィリクスは、お湯を運んできたセレナに対し、紅茶とハーブティーの淹れ方を懇切丁寧に教え始めた。
「そうですよ。さすがは義姉上、お上手ですね」
「そうでしょうか?」
「タイミングも温度も、どれも完璧です。ほら、良い香りがしてきましたよ」
前回、王家の使者に振る舞われた、ぬるくて渋いだけのお茶とは明らかに違っていた。
「せっかくですし、皆様も一緒に飲みましょう」
アーベルは素早くセレナの淹れたお茶を人数分のカップに注ぎ、それぞれに手渡した。
ルクレツィアがカップを手に取ると、たちまち花のような芳香が辺りを満たす。一口、含んだ。
「……美味しいわ」
「それはよかった」
フィリクスは、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
完全に彼に場を支配されてしまっている――それを、ルクレツィアは痛いほど感じていた。
すべての主導権はフィリクスに握られ、娘たちの顔を見れば一目瞭然だ。あの子たちはもう、「こんな義弟、いいかもしれない」と思い始めている。
かく言うルクレツィア自身も、彼を拒みきれていなかった。
どれだけ理性を働かせても、あの穏やかで揺るがぬ佇まいに、心が少しずつ侵食されていく。
(やはり、クララに直接話をさせないようにしたのは正解だったわ。あの子のことだもの、きっと――フィリクス殿下に絡め取られてしまう)
男性に免疫のないクララのこと。どれほど鋼の意志で夢を追いかけていようと、あの殿下のペースに引き込まれれば、気づけば頷かされている可能性が高い。
――それがどれほど危ういことか。
(本当に、惜しいこと……。相手がクララでなく、セレナかヴィタのどちらかだったなら、何の迷いもなく王太子妃として送り出せたのに)
視線を、娘たちへと向ける。
セレナもヴィタも、少々思慮が浅いところはある。けれど――妹思いの、優しい子たちだ。
いざとなれば貴族らしい所作もそれなりにこなせるし、あの楽天的な性格は、魑魅魍魎が跳梁跋扈する社交界においても、かえって有利に働くかもしれない。
(早めに二人にも、しかるべき婿を見つけねば……。そのためにも――目の前の王太子を、どうにかせねばならない)
「お茶はいかがですか? 娘が淹れたものになりますが」
ルクレツィアのその一言に、空気がぴんと張った気がした。フィリクスは目を細めるが、笑みを崩さず応じる。
「もちろんいただきます。ですが、手伝いますよ。アーベルも一緒に」
「へ?」
間の抜けた声を出したセレナに、フィリクスは片目を軽く細めて頷いた。
「お一人で大変でしょう。ちょうど風邪に効くハーブティーを持参しました。淹れ方が少し難しくて、ついでにお教えしますよ」
「い、いえ、王太子殿下にそんなことをして頂くわけには……!」
「お気遣いなく。薬効のある茶は抽出温度と時間が重要です。正しい淹れ方でないと効果が薄れますから」
「……で、では、今お聞きしても?」
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セレナは困ったようにルクレツィアを見たが、ルクレツィアは首を振るだけだ。
「……ではお湯をご準備しますのでこちらで淹れましょう。キッチンに殿下をお入れするわけには参りません」
「ではそうしましょう」
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フィリクスは、お湯を運んできたセレナに対し、紅茶とハーブティーの淹れ方を懇切丁寧に教え始めた。
「そうですよ。さすがは義姉上、お上手ですね」
「そうでしょうか?」
「タイミングも温度も、どれも完璧です。ほら、良い香りがしてきましたよ」
前回、王家の使者に振る舞われた、ぬるくて渋いだけのお茶とは明らかに違っていた。
「せっかくですし、皆様も一緒に飲みましょう」
アーベルは素早くセレナの淹れたお茶を人数分のカップに注ぎ、それぞれに手渡した。
ルクレツィアがカップを手に取ると、たちまち花のような芳香が辺りを満たす。一口、含んだ。
「……美味しいわ」
「それはよかった」
フィリクスは、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
完全に彼に場を支配されてしまっている――それを、ルクレツィアは痛いほど感じていた。
すべての主導権はフィリクスに握られ、娘たちの顔を見れば一目瞭然だ。あの子たちはもう、「こんな義弟、いいかもしれない」と思い始めている。
かく言うルクレツィア自身も、彼を拒みきれていなかった。
どれだけ理性を働かせても、あの穏やかで揺るがぬ佇まいに、心が少しずつ侵食されていく。
(やはり、クララに直接話をさせないようにしたのは正解だったわ。あの子のことだもの、きっと――フィリクス殿下に絡め取られてしまう)
男性に免疫のないクララのこと。どれほど鋼の意志で夢を追いかけていようと、あの殿下のペースに引き込まれれば、気づけば頷かされている可能性が高い。
――それがどれほど危ういことか。
(本当に、惜しいこと……。相手がクララでなく、セレナかヴィタのどちらかだったなら、何の迷いもなく王太子妃として送り出せたのに)
視線を、娘たちへと向ける。
セレナもヴィタも、少々思慮が浅いところはある。けれど――妹思いの、優しい子たちだ。
いざとなれば貴族らしい所作もそれなりにこなせるし、あの楽天的な性格は、魑魅魍魎が跳梁跋扈する社交界においても、かえって有利に働くかもしれない。
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