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第11話
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ルクレツィアは、次なる一手を放つべく口を開こうとした。
――その瞬間だった。
「お母様、お姉様。こんなところにいらしたのね。探しましたわ」
静かに、しかし確かな足取りで入口から現れたのは、ケープを羽織ったクララだった。
その姿を見て、ルクレツィアは思わず目を見開く。
「……クララ、あなた、どうして……?」
娘の無事を確認した安堵と、思いもよらぬ登場への驚きが入り混じる。
そんな母の問いに、クララは穏やかな微笑みで応えた。
「いつまでも寝ているわけにはいきませんもの。……もう、決めましたから」
そう言って、クララはふわりとケープの裾を揺らし、王太子の方へと向き直る。
その瞳からは、もう迷いや怯えは消えていた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。クララ・アストリアと申します」
その声は、凛として美しかった。
フィリクスはふっと微笑む。
「久しぶりですね。お風邪の具合は、もうよろしいのですか?」
その声音に、クララの肩がわずかに震える。
けれど、表情は変えず、静かに答えた。
「……おかげさまで、少しずつ快方に向かっております」
「それは良かった。しかし、まだご無理はなさらないでくださいね」
「ご心配、痛み入りますわ」
クララはひとつ息を吐き、まっすぐに王太子を見据えた。
「……王太子殿下。私はあなたとのご結婚を、お受けするつもりはございません」
室内の空気が張り詰めた。
「理由を伺っても?」
結婚を断られたというのに、フィリクスは微笑を崩さず、どこか面白がっているような瞳で問い返した。
クララは一歩進み出る。
「まず、私はあなた様の“運命の相手”などではありません。呪いが解けたのは、たまたま――偶然の一致に過ぎないのではなくて?」
“運命”という抽象的な言葉にすがって結婚を迫られる筋合いはない。そんなもの、誰にも証明できやしない。
「……なるほど。つまり、偶然だと?」
「ええ。そうです!」
きっぱりと言い切るクララに、フィリクスは口元をつり上げた。
「それなら、何の問題もありません。私は、“運命”などどうでもいい。あなたを、ひとりの女性として好ましく思っているだけです」
「……へ?」
思いがけない告白に、クララは思わず間の抜けた声を漏らした。
フィリクスはそんな彼女を見つめながら、家族たち――ルクレツィア、セレナ、ヴィタに一瞥をくれた。そしてもう一度、クララに視線を戻す。
「今日こうしてあなたのご家族に会い、ますますその想いは確信に変わりました。私が生涯をともにしたいと望む相手は、あなたしかいないのです」
その場にいた全員が驚愕に目を見開いた。
中でもアーベルはあからさまに引いた表情を隠さなかった。
「……そ、それは一旦置いておいてください!わたくし、修道女を目指しております。修道女は生涯独身が原則ですから、やはりあなた様とは結婚できません!」
必死に言い返すクララに、王太子は首をかしげた。
「なぜ、修道女になりたいのですか?」
「天文学が好きなんです。それに……夜空の神々に祈りながら静かに生きるのが、小さい頃からの夢でした」
クララの瞳は真剣で、決して一時の思いつきではないことが伝わる。
フィリクスはそのまっすぐな瞳を見つめ、微笑んだ。
「素敵な夢ですね。……わかりました。今日のところは、私の負けです」
そう言ってフィリクスはすっと立ち上がり、帽子を取って丁寧に礼をした。
「本日は、お時間をいただきありがとうございました。では、これにて失礼いたします」
フィリクスは優雅に微笑みながら帰っていった。
だが、フィリクスはまったく諦めていない気がするのはなぜだろう。
――その瞬間だった。
「お母様、お姉様。こんなところにいらしたのね。探しましたわ」
静かに、しかし確かな足取りで入口から現れたのは、ケープを羽織ったクララだった。
その姿を見て、ルクレツィアは思わず目を見開く。
「……クララ、あなた、どうして……?」
娘の無事を確認した安堵と、思いもよらぬ登場への驚きが入り混じる。
そんな母の問いに、クララは穏やかな微笑みで応えた。
「いつまでも寝ているわけにはいきませんもの。……もう、決めましたから」
そう言って、クララはふわりとケープの裾を揺らし、王太子の方へと向き直る。
その瞳からは、もう迷いや怯えは消えていた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。クララ・アストリアと申します」
その声は、凛として美しかった。
フィリクスはふっと微笑む。
「久しぶりですね。お風邪の具合は、もうよろしいのですか?」
その声音に、クララの肩がわずかに震える。
けれど、表情は変えず、静かに答えた。
「……おかげさまで、少しずつ快方に向かっております」
「それは良かった。しかし、まだご無理はなさらないでくださいね」
「ご心配、痛み入りますわ」
クララはひとつ息を吐き、まっすぐに王太子を見据えた。
「……王太子殿下。私はあなたとのご結婚を、お受けするつもりはございません」
室内の空気が張り詰めた。
「理由を伺っても?」
結婚を断られたというのに、フィリクスは微笑を崩さず、どこか面白がっているような瞳で問い返した。
クララは一歩進み出る。
「まず、私はあなた様の“運命の相手”などではありません。呪いが解けたのは、たまたま――偶然の一致に過ぎないのではなくて?」
“運命”という抽象的な言葉にすがって結婚を迫られる筋合いはない。そんなもの、誰にも証明できやしない。
「……なるほど。つまり、偶然だと?」
「ええ。そうです!」
きっぱりと言い切るクララに、フィリクスは口元をつり上げた。
「それなら、何の問題もありません。私は、“運命”などどうでもいい。あなたを、ひとりの女性として好ましく思っているだけです」
「……へ?」
思いがけない告白に、クララは思わず間の抜けた声を漏らした。
フィリクスはそんな彼女を見つめながら、家族たち――ルクレツィア、セレナ、ヴィタに一瞥をくれた。そしてもう一度、クララに視線を戻す。
「今日こうしてあなたのご家族に会い、ますますその想いは確信に変わりました。私が生涯をともにしたいと望む相手は、あなたしかいないのです」
その場にいた全員が驚愕に目を見開いた。
中でもアーベルはあからさまに引いた表情を隠さなかった。
「……そ、それは一旦置いておいてください!わたくし、修道女を目指しております。修道女は生涯独身が原則ですから、やはりあなた様とは結婚できません!」
必死に言い返すクララに、王太子は首をかしげた。
「なぜ、修道女になりたいのですか?」
「天文学が好きなんです。それに……夜空の神々に祈りながら静かに生きるのが、小さい頃からの夢でした」
クララの瞳は真剣で、決して一時の思いつきではないことが伝わる。
フィリクスはそのまっすぐな瞳を見つめ、微笑んだ。
「素敵な夢ですね。……わかりました。今日のところは、私の負けです」
そう言ってフィリクスはすっと立ち上がり、帽子を取って丁寧に礼をした。
「本日は、お時間をいただきありがとうございました。では、これにて失礼いたします」
フィリクスは優雅に微笑みながら帰っていった。
だが、フィリクスはまったく諦めていない気がするのはなぜだろう。
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