僕は孤独な花と恋をした。

金森 亮

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第一章 夢の白髪少女

第1話 偶然の出会い

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 2018年4月21日、二人に生まれた静寂を破壊するように、心電図モニターの音が頻りに鳴り響く。
 僕の目線の先には、目を瞑って病床に伏す彼女の身体がいて、不快なまでに真っ白い壁、人工呼吸器の異質さ、言葉を発せない閉鎖的空間に圧倒されていた。ずっと想像していた光景でも、現実の生々しさには敵わなかった。
 やがて平穏を取り戻した彼女は、僕にこう問う。
「運命、どうするか決めた?」
「いえ、まだ......。」
「......今日が最後の日よ、優斗。」
「分かっています......。」
「私はこの運命と心中したいの。それはいまも変わっていない。......期待しているわ、優斗。」
 窓に映る八重桜は、未だに葉桜で春を想わせていたが、僕にとっての今日は、運命の選択をする秋でしかなかった。


 2017年4月7日、高校の花壇に佇むソメイヨシノの花びらが、一斉に正体を現す頃、僕は校門で誰かに呼び止められた。
「あの......、あなた、西野優斗君ですか?」
 全方位を確認してみると、僕に視線を向けていたのは一人、清楚の代名詞のような白髪の女性だった。
 女性は髪を一つに結わいていており、両手で抱えている手提げバックが、近くにある女子高の生徒であることを暗示していた。僕は言葉を詰まらせながら、彼女に話し掛ける。
「そ、そうですけど。ど、どうして、あなたがここにいるんですか?」
「その様子なら、私を知らないことはないんでしょうね。......よかった、安心したわ。」
 桜吹雪が彼女の白髪に花びらを添え、豊かに彩っている。僕には彼女の見覚えが十二分にあった。だから僕は口をポカンと開いて驚愕していた。
 対する彼女は、口を自発的に開いてこう話し掛ける。
「じゃあ唐突で申し訳ないけど、あなた、私を知っているのよね。」
「知らな......、くはないです。」
「じゃあどこで知ったの。」
「まともな回答を期待しないで下さいよ......。」
「そこは安心して。私も多分似たような回答しか持ち合わせていないから。」
「......僕はあなたと、夢で会いました。」
「本当に?」
「逆にここで嘘をついて、何を企めばいいんですか。」
「......そう。それならよかった。」


 あれは一年前の今日ぐらいの時期。中学三年生だった僕は、奇妙な夢を観た。空間は魚眼レンズで撮った画像のように歪んでいて、ここが現実でないのだと悟らせた。
 そして僕は焦点が合うと、菜畑の中に紛れている、一人の少女に気がついた。
 彼女は一つ結びの白髪に、白いワンピースを纏っていて、その美麗さが故に、僕はすっかり見惚れてしまっていた。きっと、これが初恋だった。
 僕は彼女の元に歩みを進めた。自分の意志で夢を探索できるんだから、僕は明晰夢に飛び込んだのだろうと理解した。
 すると僕の眼前に迫った少女は、唐突にこう発する。
「孤独って辛いわよね。私にも痛いほど分かるわ。孤独って表現だけで、何だか心がチクッとするもの。私は一度孤独に陥ったら、運命に反抗する気も何もかも失せちゃうのよね。
 ......でも、孤独でいることって、まだ希望を見出すチャンスが、ふんだんにあるってことよね? 死んじゃったらそこでおしまいだけど、生きていたらなんとかなるわ。私もこうしてなんとかなったんだから!」
 彼女はなぜか誇らしげにそう語っていた。やがて彼女は、僕にこう口説いてきた。
「優斗君、私と一緒に、明るい未来へ行ってみない?......ゼッタイに後悔はさせないからさ。」
 そうしてその日は目が覚めた。
 彼女は僕を励まそうとした。そして、実際に僕は励まされた。彼女の思想に、強く共感できたからだった。
 このときは、この夢が僕の妄想だから、僕自身に都合のいい解釈をするのだろうと思っていた。
 この一年前、僕の両親は立て続けに死んでしまった。酒に溺れた父と、ガン治療を疎かにした母。僕は二人を救えなかった無念と、親戚の家で暮らす孤独に苛まれ、一時は死の淵に立っていた。そんな僕にとって、彼女の言葉は、強靭な心の支えとなっていた。希望なんて欠片もなかった人生に、一筋の光が現れたのだった。
 『一緒に』と豪語しただけあって、それから何度も何度も、彼女が夢に出てきては僕に腹いっぱいになるまで、肯定する言葉を投げかけては去っていった。僕の造り出した妄想だからか、彼女は僕を一切否定しなかった。そして僕は、そんな彼女に惚れかけていった。

 彼女とは昨晩にも会った。相変わらず彼女の日本語は、僕を激励するために存在した。
 そうして彼女は、最後にこう告げるのだった。
「いつか会えたらいいなぁ、優斗君と、今世の方で。いや、きっと会えると思う、私はそう信じてるよ。」
「......あ。」
 僕はこのとき、この空間で言葉を発せると気づいた。でも分かったときには、時既に遅かった。毎度彼女は、僕の都合もお構いなしに、風のごとく去っていくのだった。
 このようにして今日を迎えたため、僕はこの違和感に翻弄されていた。


 僕は彼女に、二三質問をする。
「どうしてここにいるんですか? 僕、今日入学したばっかりで......。」
「優斗君と同じよ。私も夢に諭されてここに来たの。」
「それって、僕が夢に現れたんですか?」
「夢の内容は憶えていないの。ただ頭の片隅に朧気な記憶で、優斗君の名前と学校、日付、
......あと、優斗君の面影が残っていて。」
「そんな信憑性もない曖昧な記憶で、よくここまで来ましたね......。」
「やけにリアリティーがあったもの......。実際に学校も実在するものだったし、冗談半分で帰り道にここへ立ち寄ったら、優斗君も実在していた。......不思議よね。これって運命なのかしら。」
「運命ですか。」
 僕は困惑の色を浮かべるしかなかった。僕はこの摩訶不思議な現象が、現実で起きていることに驚嘆した。ただそれ以上に、この状況を運命だと割り切れる、彼女の気っ風のよさに感心するのだった。
 そうしてまた僕は彼女に問う。
「お名前、なんと言うんですか。」
「私?」
「他に誰の名前を聞けばいいんですか......。」
「......その返し好きね。」
 一呼吸置いて、彼女はこう言った。
「金咲唯花、華宮女子高の二年生よ。」
 僕を救った少女の名を、一年越しに知ることとなった。彼女は僕より一つ先輩だった。
 次に僕も自己紹介をする。
「改めまして、僕は西野優斗で、ここ、三栖高校の一年生です。」
「......なんか、耳が腐るほど聞いた気がする。」
「是非とも腐らせないだけの耐久をつけて下さい。」
「......なんか面白いね、優斗君って。」
「無理してないですか......。」
「自分には無理させないわよ。」
 ここで僕は感動と興奮が最高潮に達して、ついうっかり口を滑らせてしまった。
「多分僕、唯花さんに惚れると思います。」
「......結構包み隠さないタイプなのね。」
「己を封じても幸は手に入りませんから。」
「その観念、すごくいいと思うよ。私も見倣わないとだね。」
 彼女は人間国宝に値する、眩い笑顔を見せた。いまさら我に返って周囲を見渡すと、僕がナンパしていると勘違いしたのだろう同級生数名が、若干の距離を保ってニンマリとしている。
 学校生活を案じて焦燥に駆られる中、彼女は僕に、こんな言葉を投げかける。
「ねぇ、優斗くん。」
「はい。」
「私たち、きっとまた夢を観ると思うの。この現象は、なにか悪いことの予兆かもしれない......。だから、定期的に連絡を取り合わない?」
「わ、分かりました。」
「......本当に私に惚れる、五秒前みたいな反応ね。」
「もう時間の問題だと思います。」
 僕らは連絡先を交換した。女性とは初めてだった。『唯花』が表示されるトーク画面の新鮮さに、圧倒される僕に彼女はこう告げながら、右手を差し出してきた。
「これからよろしくね、優斗君。」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。」
 僕らが出会った理屈は、皆目検討もつかなかったが、ひとまずはこの至福を堪能しようと思った。これからの日常に華が添えられた瞬間だった。満開の桜の下で、白髪の少女と言葉を交わす僕の姿が、そこにはあったのだ。
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