僕は孤独な花と恋をした。

金森 亮

文字の大きさ
5 / 10
第二章 余命宣告

第5話 一年後の私

しおりを挟む
 僕は久しぶりに夢を観た。僕の前方には、決まって彼女がいる。一面の菜畑が心地よい風を運んできて、一見すると、なんの変哲もない光景だと思っていた。
......でも、彼女の様子が変だった。笑顔は満面の笑みではなく、侘しさを包含した無理矢理な笑みを浮かべているのだ。

 開幕早々、彼女はこう切り出してくる。
「......優斗君、私のこと好き?」
 一応ここは夢だからとこじつけをして、僕は素直に回答する。
「好きですけど......、その唐突な一言二言って、どうにかならないんですか?」
「ならなかったよ、結局ね。」
「......どういうことですか。」
 彼女は決意を含んだ深呼吸をしたのち、僕にこう告げた。
「もう優斗君は、なににも驚かないとは思うけどね......、私は金咲唯花。それも優斗君の一年先を生きていた、金咲唯花なの。」
 彼女の無秩序な文章から、僕はこの空間が正常でないことを察知した。暗雲はもう上空を満遍なく覆い尽くしていた。
 僕はすかさずこう返す。
「生きていたって、なんですか......?」
「2018年4月23日、金咲唯花は急性大動脈解離で『死ぬ』わ。この私からしたら、『死んだ』ことになるけどね。」
「......誰がそんなでたらめに、肩を貸すんですか。」
「なら、私と現実世界で出会って恋に落ちたのも、全部でたらめだったのかしら?」
 僕は黙りこくってしまった。夢の彼女を否定することは、現実の彼女を否定しているに等しいと、僕の無意識がそう判断した。
 そうして僕は、彼女にある疑問を問う。
「......亡くなったのに、どうして僕の夢に現れるんですか?」
「ここから先の私はね、優斗君の空想上に存在する虚構なの。だからこの私は、私が生きている間に優斗君の夢で残した、性格・記憶・態度の結集なのよ。」
「じゃあ......、いままでは妄想じゃなかったと?」
「ご名答。2018年を生きる私は、2017年を生きる優斗君の夢に飛び込んだの。理屈は知らないけど、巡り合った理由は知っているわ。教えるつもりは毛頭ないけどね。......でもやっぱりおかしいわよね。過去に戻って誰かを諭す術があったら、物理法則なんてことごとく破綻するのに。」
「......で、でも、一年先を生きているのに、現実と見た目はおんなじですよ。」
「......恐らくはね、優斗君の脳は、未来の光景が視認できるはずない。つまり、未来の私を無駄だと認識しているのよ。だから私が一年先を生きていても、本能が拒絶している以上、優斗君が観る私は高校二年生の私のままよ。」
 彼女はごく普通の現象かのように、僕に淡々と事実を語る。
 疑問が疑問を呼んで、僕は彼女に、いくつも質問を投げる。
「あなた......、唯花は僕に何を望むんですか?」
「じゃあ私も、これからは『優斗』って呼ぶわ。......私が望むことは永却不変、世界一幸せな女子高生にしてもらうことよ。」
「......それで唯花は、いま存在している運命よりも、長く生き永らえるんですか?」
「ううん。やっぱり死ぬわ。ここは一次元空間。過去に作用できるのは、パラレルワールドでの話よ。」
「......一次元。」
「えぇ、そうよ。運命は『因果応報』で構成されているわ。既に『因』は終わってしまったから、後戻りはできないの。だから私は、決して運命を変えられないし、優斗だって手を加えられないのよ。」
「......そんな。」
「だから無駄に『運命』に執着する必要はないわ。普通に生きればいいのよ。」
 彼女の希望と絶望という相容れない感情が、まぜこぜになった声色・表情を産み、かつてない不気味さを醸し出していた。
 僕はこの異様な空気を排出すべく、不適当な言葉を発してしまう。
「僕が現実の唯花に、その運命を伝えたらいいんじゃ......。」
「それじゃあダメなの!」
 彼女は激昂した。獣に化けて野性味ある顔つきをし、僕の心意を跳ね返した。僕の知らない、彼女の素顔のようだった。
 決して軋轢は生みたくはなかったが、僕は実直に彼女に問う。
「それは、なんでなんですか......?」
「なんでって......、本当にダメだから......。」
 僕は発言を遮られた。遂に彼女は、感情をあらわにして僕に抗った。運命を伝達してはいけない理屈を忘却して、強い哀しみと憤りの表情を浮かべるも、目が潤む様子はない。
 僕は、彼女が涙を零す姿を知らなかった。よってこの世界でも、妄想が働かなかったのだ。僕の境遇は、既に崖っぷちを通り越して、奈落の底へと転げ落ちていた。
 彼女は僕の顔色をうかがいながら、一方で僕の両手を掴んで呟く。
「......私からお願いがあるの、優斗。
 私が死んだら、他の女性と結婚して子供を作って、順風満帆な生活を築いてもいい。私を過去の人だと見限って、記憶から葬り去ってもいい。それでもいいから......。金咲唯花を幸せにしてあげて。私はこのまま死にたくなんてなかったの......。」
 涙を流したいのに、一滴も産み出せない。言葉の随所にある過去形が胸を締めつける。彼女は先輩という矜持を、幸福を前にして投降させた。悲しみの象徴を封じられる苦痛は、僕の想像を絶するものだった。
 彼女は感情を殺し、僕に言葉を発する。
「......運命は変えられなくても、経過ならどうにかなるかもしれない。そうしたら、私は幸せの渦中に死ねるの。不幸せだった私の人生は、変貌を遂げるかもしれないの。......だから優斗には、私の死に際を見届けて欲しい。そうして、私の夢をかなえてほしい。」
 僕の回答は最初から決まっていた。
「......ゼッタイに、ゼッタイに叶えます。どうか、僕のことを信じてください......。」
「生前の私が残した思いを、必ず受け継いでね......。」
「えぇ、言われなくとも。」
 最後の返事をする際、僕の涙腺は既に崩壊していたようで、変な日本語で着飾る必要もないほど、大粒の雫がこぼれ落ちていた。そうして次に目を開いた時には、夢から覚めて布団にくるまる自分がいた。

 僕は僕と彼女が出会った経緯によって、奇天烈な事象の存在を容認していたので、いまさら彼女の言葉に批判する気概がなかったし、彼女の余命も簡単に信じ込んだ。
 きっと僕は、彼女が幸せに死ぬための、いわば変数なのだろうと思った。そうでなければ、他に候補など山ほどいるだろうし、僕の夢に現れる意義がない。
 ただ、彼女が己の矜持を捨てて、僕との赤い糸を紡ごうとする新たな姿勢は、妄想の弊害として、もろに現れているように感じた。
 だが、こう客観視できていたのは、起床して間もない時間だったためで、次第に彼女がこの世から消え去ることへの、莫大な恐怖心が上書きしていった。

 夢の彼女が伝達した未来によって、憔悴し切った僕は、ざっと一週間は外に出なかった。学校の存在なぞ、眼中にもなかった。
 僕は彼女の喪失を、極度に恐れていた。実質的には一年を超える付き合いで、これは親族を除いたら圧倒的な期間だった。その上、僕の人生を前進させた立役者ときたら、家族以上の特別な存在と化していた。両親の二の舞に、なってほしくはなかったのだ。
 それなのに僕はこうして、運命に従属してうずくまっている。己の情けなさに苛まれるも、僕は彼女の幸福のために、身を捧げる覚悟を有していた。やがてそれを再確認した僕は、再起の『再起』を図ろうとするのだった。死ぬまでの過程を大切にする決心が、いまここでついたのだった。

 5月1日、ようやっと体調が落ち着いた僕は、スマホの通知を処理していた。すると『唯花』からの、一五件にもわたるメッセージを受信していた。後半はすべて僕に対する、気がかりによるものだった。
 僕は彼女に、音信不通にしていたことを詫びる文面を送って、いまの調子も添えておいた。ものの数十秒で返信が届き、『明日放課後暇なら、16時に華宮女子の正門で待っていて。』という内容だった。
 僕は回復早々、かなり踏み込んだ世界に突入するのだと知覚した。そして僕は承知した旨の返信をして、明日は平常運行で迎えることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

奪った代償は大きい

みりぐらむ
恋愛
サーシャは、生まれつき魔力を吸収する能力が低かった。 そんなサーシャに王宮魔法使いの婚約者ができて……? 小説家になろうに投稿していたものです

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...