僕は孤独な花と恋をした。

金森 亮

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第三章 夏前

第7話 命を取り除くこと

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 5月8日、霞桜が赤い実をつけて、世間がゴールデンウイークの終焉に喘ぐ中、僕はいつも通り図書室へ行き、文献を読み漁っていた。
 この間、僕は彼女と出かけることもなく、家に籠って調べ物をしていた。専ら、彼女が僕の夢に侵入できたワケを探ろうとした。
 ただ、僕らの境遇を記した、夢と夢の相互作用についての記事なぞ、探しても見つかるはずがなく、時間をつぶすだけつぶして一日を終えていた。もちろん彼女とは盛んに連絡を取り合って、夢の話や世間話に現を抜かしていた。僕はこの日常に、どっぷり浸かっていた。

 学校が始まると、僕はクラスメイトたちに、例の『白髪美女』とのその後について、質問攻めされた。彼女と良好な関係性を築けていると告げると、興奮と高揚が最高潮になり、落ち着きを取り戻すと僕に声援を送っていった。
 よきクラスメイトに恵まれたとは思いつつも、僕は彼らがここまで色恋に関心を示す理由が分からず、例の茶髪な男に尋ねてみることにした。すると彼は、恋愛が青春の代名詞だからと返答してきた。つまりいまの僕は、他の誰よりも青春をしているのだ。
 僕は無自覚にも程があった。もう少しおごり高ぶってもいいのに、そういう態度を見せてこなかったために、僕はクラスメイトからの反感を買うようなこともなかった。それ故かは知らないが、彼らは僕に感銘を受けている様子だった。

 5月11日、僕はクラスメイトからの追及も終わり、いつも通りの日常が戻っていた。やはり図書室は敷居が低くて、校内での居場所としては最適だった。
 昼休み、南方からの日光を利用して、セロトニンを放出させていると、見慣れた顔つきの生徒が、僕の目の前を通り過ぎて止まった。
 生徒はこちらに目を向けたのち、大きく見開いて言葉を発する。
「えぇっ、優斗君! 奇遇だね!」
「今日も天真爛漫でなによりです、紀野さん。また執筆関係で来たのか?」
「その通り! まぁたったいま、方針転換したんだけどね。」
「あ、そういえば、付き合ったよ、僕。」
 すると紀野は、その場で一旦静止したのち、腰を反らして発狂しそうになったので、僕はここが図書室だということを必死に訴えた。そして人心を取り戻した彼女は、前回同様に僕の隣で腰かけるのだった。
 不意に紀野は、僕にこんな問いを投げ掛けてくる。
「じゃあ早速、馴れ初めというか、現状の恋模様について......。」
「悪いがまた後日にしてくれないか。彼女が死ぬ夢を観てから、未だに精神が安定しないんだよ......。」
 紀野は突如、口を閉ざした。屈託のないいつもの笑みは、一瞬にして散った。僕はこの違和感に動揺して、不審者と化していた。
 ほどなくして、紀野は怯えたような口調で語りかける。
「......それを、私以外の誰かに言いふらした?」
「え、いや、まだ紀野さん以外には......。」
「夢物語を信じている、優斗君だから言うんだけどね、他人が死ぬ夢を観た人が、それを現実で他人に暴露すると、夢を観た本人の生存本能や、生命力が衰えてしまう、って聞いたことがあるの......。話半分に聞いてもらえればだけど、もうその夢は、誰にも告げないほうがいいよ。」
「......分かった。忠言どうもありがとう。」
 肝試しや怪談の時期に先駆けて、僕は肝を冷やすこととなった。
 紀野は僕に、なんともお気楽な言葉を投げかける。
「これで私と優斗君の秘密が生まれたわけだね!」
「......変な言い方しないでくれ。」
 この一挙手一投足を、男子共に分け隔てなく給付しているとすれば、相当な男たらしだと思うが、そうでもなさそうなので、僕もある程度の社会的距離を保てている。単に色恋を知りたいのなら、スマホというツールで具体性に富んだ回答を獲得できるのに、どうして僕なのか。僕にはさっぱり分からなかった。

 少しして僕は紀野に、行き詰っているテーマについて問おうとした。お門違いな気もしたが、夢に関する博識は僕より勝っていると思い、実際にそうした。
「いまから僕は、独り言を言う。」
「......私に聞いてほしいのを、無理矢理歪曲させた表現だね。」
「僕は彼女と夢で出会った。そして現実で再会する。やがて夢の彼女が僕の一年先を生きていて、自身が死んで僕の妄想となったことを告げる。......前にも少し話したこの物語を、紀野さんは信じるのかな、と。」
 紀野は神妙な面持ちから、いつもの笑みを溢すようになって、こう告げる。
「......私は信じるよ、その『物語』を。私も小学生の頃、夢に勇気づけられたことがあるからね。」
「......そうなのか。」
「理屈でいうと、優斗君の話は、現代物理学で証明できると思うよ。それっぽい理論だけだけどね。」
「空論なら無数に立てられるから、納得のいく答えを探してみてもいいんじゃないかな。」
「......学がない僕には、その発想を生み出せそうになかったよ。本当にありがとう。」
「でもね、私が言いたいのは、そんな科学に物を言わせる理屈なんかじゃないの。」
「じゃあなんだ?」
 紀野は僕に対して、可愛いを惜しげもなく披露して、またそれとは裏腹に、こんな一種の哲学を語ってきた。
「......二人の出会いはね、きっと運命なんだよ。理屈を追い求めたって、最後には運命で落ち着くと思うよ。だから深く考えないで、ただ運命に縋ればいいんだよ。それが、人間らしい生き方じゃないかな!」
「運命って、もしかすると人類最大の発明だな。」
 知らぬ間に、紀野は僕を説き伏せていた。そして一枚上手な紀野に、こんなことを言われる。
「......もっと二人が出会った可能性、聞きたい?」
「物理はもういいかな......。まぁ、女心でも知る必要があったら頼もうかな。」
「まるで都合のいい女みたいだね......。」
「安心しろ、僕は妻帯者だ。」
「......気が早いのも、二人が順調そうな証だね。でも本当に、運命を運命って割り切るのは大切だよ! この世の中なんて、無意味の集合体なんだからさ!」
「......ぐうの音も出ないな。」
 実に一時間、二人だけの広域な空間で、とりとめもない話を繰り広げた。

 彼女と僕が遭遇した根本は分かるはずないが、二人を繋いだ理屈は、いろいろと推考できることが分かった。僕一人の知識なら、彼女の命がいくつあっても導けなかっただろう。今日の僕は、他人に頼る勇気を獲得した。一人で根詰めていた自分を省みて、異なる価値観や実態を知ることができたのだ。
 それと同時に、何事も最終的には運命に落ち着くのだと察した僕は、これまでの現象を運命だと断じることにした。そのほうが、しがらみも消えて、本格的に彼女の幸せに注力できると考えたからだ。
 彼女に運命を伝達して運命を改変する試みは、僕の中から消え去っていた。

 5月15日の晩、僕は菜畑にいた。彼女は最初から、僕のほうを見つめていた。
 ふと、彼女が白髪な理由が気になったので、僕はこう質問をする。
「......唯花の白髪って、本当に綺麗ですよね。」
「急にそう言われると、おべっかにしか聞こえないわよ。」
「でも、どうして髪を白くしているんですか......?」
 彼女は自分の髪に手を当てて言う。
「イメチェンよ、イメチェン。いままでの自分から解放されたくて、ブリーチをかけ始めたのがキッカケよ。私の高校って格式高いはずなのに、多様性を容認して髪を染めてもいいのよ。私はその恩恵を受けているわけね。」
 彼女はそんな陽キャな発想をするのかと、しばし驚愕しつつも、僕は夢である恩恵を受けようと、こう質問するのだった。
「いまここで、僕が黒髪の唯花を見たいと言ったら、どうなりますか?」
「それは現実の私に言いなさい。夢だからって、全部が全部、望みが叶うわけじゃないのよ。」
「......そんなおいしい話はないですか。」
 よくよく考えてみると、僕は妄想と対話をしているのだ。どうしてか、僕はこの状況を完全に受け入れていた。気が狂っているようだが、勝手に妄想しても正解が導けないので、それっぽく演出されるこの妄想に身を寄せていたのだ。
 ただキッカケもなしに、こうして対面することを不思議に思った僕は、彼女にこう問う。
「......僕は今日、どうしてここで、唯花と会ったんでしょうか?」
「会いたくなったからじゃないの? 半月近く会わないカップルってどうなのかしら。」
「たしかに......、もう二週間も経つんですね。でも、たったの二週間ぐらいなら、多分大丈夫じゃないですか?」
「......金咲唯花って人間が、優斗が思っている以上に寂しがり屋よ。」
「当の本人が、よくさらけ出しますね......。」
「だってここは、妄想の世界なのよ。だから、私の口が私の意思に従えるか従えないか、それは運次第なのよ。きっとそのうち、他にもちぐはぐな部分が見つるわよ。」
「まぁ、それはそれで楽しんでみたいと思います。」
「......やっぱり変な人。」
「お互い様ですよ。」

 そう言って彼女は消えていったのだが、どういうわけか、僕はこの世界から目が覚めない。これも妄想の弊害なのかと思いつつ、僕は目が覚めるまでの間、菜畑を散策することにした。
 この世界はだいたい青天だが、太陽はどこにもいない。ただ、空気はとても澄んでいて、アブラナの大群が香ってくれば、なんともいえない風情を感るのだった。
 そのアブラナが、年がら年中咲いているのもすごいが、一本摘み取って食べてみると、お浸しで食べたあの味と一致するのだ。
 食べたことがなかったら無味なんだろうか、と想像していると、突如として一軒家が現れるのだった。二階建ての一軒家には、一般的な住まい、という感想を覚える。
 そして恐る恐る近づいて、いざ扉をたたくと、誰からの応答もない。それどころか、鍵が施錠されていなかったので、僕は明晰夢の特権だと納得し、足を踏み入れることにした。
 壁一面が白色で、廊下を過ぎると、リビングが出迎える構造となっており、開放的な空間は、木材の香りが漂うのだ。部屋は四部屋備わっていて、ベッドはダブル。夫婦が生活を営むには、十分な環境だ。そしてリビングの隅には、ひっそりとゆりかごが設置されている。未来への期待が、大いに詰まっている雰囲気はあった。
 新築の物件なことは明らかだったが、他に特筆するべきことはなかった。いかにも『普通』の住居だった。
 一体この住宅は何なのか、そう疑問に思っていると、急に意識が飛び始めて、現実世界に戻されるのだった。

 起床した僕は、夢の彼女が忠言した通り、『唯花』にメッセージを送った。すると彼女は、『今日放課後、一緒に帰宅しましょ。』と、返信してくるのだった。
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