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第三章 夏前
第10話 幸求
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7月7日、僕の学校ではテスト返しも一段落して、家庭学習の期間に突入した。
そして僕は、今夏が正念場なことは分かりきっていたので、この期間を有効活用して、まずは夏休みの計画を練り、続いて秋、冬のデートを検討することにした。経過を無駄にしないためにも、何十時間もかけて、候補を導き出すのだった。
またいままでのデートは、彼女が牛耳っていたこともあって、僕が幸せを送る機会には、そう恵まれなかった。やはり僕が主導権を握ってナンボであり、
花火大会と旅行はマストだが、他にどんなデートを企画するべきか。そう悩んでいる時間が、存外希望に満ち溢れていたので、僕に改めて青春を実感させるのだった。
だが、僕がしばらく学校に登校しなくなったことで、登下校で直接彼女と出会う機会が失われていた。そこで僕らは、彼女も家庭学習期間に突入次第、ビデオ通話を行うことにした。
自然体で挑むべきではあるものの、それでもどんな格好・表情でビデオ通話をすべきか、焦りに焦る自分がいた。でも、そう思案に暮れるうち、7月14日の夜になってビデオ通話の時間を迎えるのだった。
7月14日、約束の時間、夜19時、彼女からの着信に僕は応答する。そしていざ、スマホ画面をみつめると、そこには寝間着姿の彼女が映し出されるのだった。身体の象形が若干浮き出ているのもあいまって、僕は非日常な景色に呆然とした。
ビデオ通話が始まってすぐ、彼女は僕にからかいを含んだ言葉を発する。
「......私のパジャマ姿は、旅行のときまで温存しておくべきだったかしら。」
「いや、何度みても飽きはこないですよ。」
「それならよかったわ。テストお疲れ様。」
「唯花もご苦労様です。」
「ありがとうね。」
「それにしても新鮮ね、ビデオ通話なんて。」
「......なんだか、美人で有名な配信者の配信を観ているみたいです。昔からこうやって誰かと繋がれていたら、僕が孤独を抱えることも無かったでしょうね。」
「でもその世界線だと、私とは出会えなかったわよね。」
「孤独に精神を虐げられて、孤独に救われるなんて......、皮肉にも程がありますよ。」
「過去を気にしても仕方ないわよ。いまはただ、目の前の私だけを観ていればいいのよ。」
「......唯花って、そんなに自意識過剰でしたっけ?」
「だから誰のせいでこうなったと思っているのよ......。」
「自己肯定感は高い方がいい......、いや自己肯定感とか、そもそも考えない方がいいですね。」
僕らは話に花を咲かせて、かれこれ一時間が経過した。そしてようやく、夏休みの予定を話し合うことになった。
僕は休校期間を存分に活用して作り上げた、夏休みの予定を彼女に説明した。彼女は画面上でも満面の笑みを絶やすことなく、また僕に旅行での観光地等々を提案してきた。
一通りの説明をし終えると、僕は彼女に、こう質問する。
「旅行のあと、長い空白期間がありますけど、ここ、どうします......?」
「また今日みたいに、ビデオ通話でもすればいいのよ。だって一度に全部謳歌しちゃったら、その後に襲ってくる喪失感が莫大でしょ......?」
「百理ありますね。」
「まずは7月29日、楽しみにしているわね。」
「......僕も楽しみにしていますよ。」
僕は、彼女と楽しめるときに楽しまないと、相当な後悔が押し寄せることは知っていた。彼女に不信感を抱かれないためにも、僕はここからの一ヵ月間、体調面と精神面に重きを置く生活を目指した。
次のデートまでは、おおよそ二週間の間隔があり、僕は暇を暇として扱うほど余裕のある人間ではないので、ふと自分磨きという言葉を思い出すのだった。つまりは自分を他者によく見せるための努力であり、僕は彼女に相応しい男になる権利があるか否か、この取り組み方次第によってハッキリするのだ。
眉の調整やヘアスタイル、肌荒れの解消や筋トレなどが真っ先に上がり、僕は一気にそれらを消化しようと考えた。
眉は動画サイトでメイク動画を参考にしてどうにか形作り、肌荒れはアクネ菌を落とすと明記してある洗顔料と、保湿液と乳液をふんだんに用いて、元から少なかった吹き出物は完全に消滅した。
そしてヘアスタイルに関しては、今回初めて樋口一葉を投じて、普通の美容院を利用することにした。
何のこだわりもない僕は、ヘアカット専門店で前髪を眉に被せ、それ以外もテキトーに整えて欲しいと言うのが決まりだった。しかし美容院では、そのテキトーが通じる保証はない。
そこで僕はカットの前夜、寝る間も惜しんで自分に合った髪型を探し出した。僕は恐る恐るその髪型を美容師に告げると、美容師は快く承諾してくれたので、一気に緊張が解けてしまった。
散髪が終わり洗髪に入ると、僕の元には睡魔がやってきて、夢の世界に誘っていった。
全ての工程が終わると、その美容師は当たりの美容師だったようで、僕がワックスの使い方を知らないと答えると、何から何まで説明・実践してくれたのだった。
髪型に多少手を加えられただけで、自分が西野優斗であることに確信が持てなくなる。僕はいままで髪の毛を、たかが髪の毛と軽んじていた。そんな自分の無知を恥じて、一風変わった自分に感激することとなった。
⋯⋯問題は筋トレであり、初日にスクワットと腕立て、腹筋をそれぞれ百回、そして毎日十回ずつ増やしていった。だが、懸命に取り組んではみたものの、早々に二週間での効果は薄いと察した。
翌々日になって、その筋トレの代わりと言っては難だが、僕は東京の町中をランニングすることにした。旅行の最中は宮城でも酷暑が予想されており、貧弱な僕はそれに耐えるのが必須だった。
太陽は牙を剥いてこちらを睨み、地面と共謀して、僕に灼熱地獄を提供した。滝のような汗に対応するべく、僕は水筒の水を惜しまず飲み続け、熱中症を避けてただ暑さに慣れる訓練をした。途中、コンビニの冷気という誘惑に負けそうになるも、僕は地元・西巣鴨から東京駅までの数キロを歩き切った。
八重洲の地下街に降り立つと、身体が火照っていたせいで、冷気が触れると痺れるような痛みが走った。それでもこの距離を歩き切った満足感は、半端なものではない。
そして僕は目標を遂行できる男だという自信も得た。加えてこの灼熱地獄が災いして、この地下街にいる民衆の全てが、僕を褒め称えているような錯覚にも陥った。
僕はいつまでも気分が有頂天だったので、持っていた小遣いを全投入して、普段ならあり得ない少し高めなランチを楽しんだ。
これが最高の夏休みの過ごし方だと思い、僕は自己肯定の類を育んでいった。これがこの先の未来に必ず影響を及ぼすと、僕はそう信じてやまなかった。
だが、一度の散髪と散歩ごときで、僕は変に自信を獲得してしまった。その影響で自分磨きの原動力が削がれてしまったことは、また別のお話……。
僕の高校最初の夏休みは、いかにも高校生らしい自由奔放な幕開けとなった。
……たしかに、幕開けの瞬間こそは、自由にお気楽でいられたんだ。
そして僕は、今夏が正念場なことは分かりきっていたので、この期間を有効活用して、まずは夏休みの計画を練り、続いて秋、冬のデートを検討することにした。経過を無駄にしないためにも、何十時間もかけて、候補を導き出すのだった。
またいままでのデートは、彼女が牛耳っていたこともあって、僕が幸せを送る機会には、そう恵まれなかった。やはり僕が主導権を握ってナンボであり、
花火大会と旅行はマストだが、他にどんなデートを企画するべきか。そう悩んでいる時間が、存外希望に満ち溢れていたので、僕に改めて青春を実感させるのだった。
だが、僕がしばらく学校に登校しなくなったことで、登下校で直接彼女と出会う機会が失われていた。そこで僕らは、彼女も家庭学習期間に突入次第、ビデオ通話を行うことにした。
自然体で挑むべきではあるものの、それでもどんな格好・表情でビデオ通話をすべきか、焦りに焦る自分がいた。でも、そう思案に暮れるうち、7月14日の夜になってビデオ通話の時間を迎えるのだった。
7月14日、約束の時間、夜19時、彼女からの着信に僕は応答する。そしていざ、スマホ画面をみつめると、そこには寝間着姿の彼女が映し出されるのだった。身体の象形が若干浮き出ているのもあいまって、僕は非日常な景色に呆然とした。
ビデオ通話が始まってすぐ、彼女は僕にからかいを含んだ言葉を発する。
「......私のパジャマ姿は、旅行のときまで温存しておくべきだったかしら。」
「いや、何度みても飽きはこないですよ。」
「それならよかったわ。テストお疲れ様。」
「唯花もご苦労様です。」
「ありがとうね。」
「それにしても新鮮ね、ビデオ通話なんて。」
「......なんだか、美人で有名な配信者の配信を観ているみたいです。昔からこうやって誰かと繋がれていたら、僕が孤独を抱えることも無かったでしょうね。」
「でもその世界線だと、私とは出会えなかったわよね。」
「孤独に精神を虐げられて、孤独に救われるなんて......、皮肉にも程がありますよ。」
「過去を気にしても仕方ないわよ。いまはただ、目の前の私だけを観ていればいいのよ。」
「......唯花って、そんなに自意識過剰でしたっけ?」
「だから誰のせいでこうなったと思っているのよ......。」
「自己肯定感は高い方がいい......、いや自己肯定感とか、そもそも考えない方がいいですね。」
僕らは話に花を咲かせて、かれこれ一時間が経過した。そしてようやく、夏休みの予定を話し合うことになった。
僕は休校期間を存分に活用して作り上げた、夏休みの予定を彼女に説明した。彼女は画面上でも満面の笑みを絶やすことなく、また僕に旅行での観光地等々を提案してきた。
一通りの説明をし終えると、僕は彼女に、こう質問する。
「旅行のあと、長い空白期間がありますけど、ここ、どうします......?」
「また今日みたいに、ビデオ通話でもすればいいのよ。だって一度に全部謳歌しちゃったら、その後に襲ってくる喪失感が莫大でしょ......?」
「百理ありますね。」
「まずは7月29日、楽しみにしているわね。」
「......僕も楽しみにしていますよ。」
僕は、彼女と楽しめるときに楽しまないと、相当な後悔が押し寄せることは知っていた。彼女に不信感を抱かれないためにも、僕はここからの一ヵ月間、体調面と精神面に重きを置く生活を目指した。
次のデートまでは、おおよそ二週間の間隔があり、僕は暇を暇として扱うほど余裕のある人間ではないので、ふと自分磨きという言葉を思い出すのだった。つまりは自分を他者によく見せるための努力であり、僕は彼女に相応しい男になる権利があるか否か、この取り組み方次第によってハッキリするのだ。
眉の調整やヘアスタイル、肌荒れの解消や筋トレなどが真っ先に上がり、僕は一気にそれらを消化しようと考えた。
眉は動画サイトでメイク動画を参考にしてどうにか形作り、肌荒れはアクネ菌を落とすと明記してある洗顔料と、保湿液と乳液をふんだんに用いて、元から少なかった吹き出物は完全に消滅した。
そしてヘアスタイルに関しては、今回初めて樋口一葉を投じて、普通の美容院を利用することにした。
何のこだわりもない僕は、ヘアカット専門店で前髪を眉に被せ、それ以外もテキトーに整えて欲しいと言うのが決まりだった。しかし美容院では、そのテキトーが通じる保証はない。
そこで僕はカットの前夜、寝る間も惜しんで自分に合った髪型を探し出した。僕は恐る恐るその髪型を美容師に告げると、美容師は快く承諾してくれたので、一気に緊張が解けてしまった。
散髪が終わり洗髪に入ると、僕の元には睡魔がやってきて、夢の世界に誘っていった。
全ての工程が終わると、その美容師は当たりの美容師だったようで、僕がワックスの使い方を知らないと答えると、何から何まで説明・実践してくれたのだった。
髪型に多少手を加えられただけで、自分が西野優斗であることに確信が持てなくなる。僕はいままで髪の毛を、たかが髪の毛と軽んじていた。そんな自分の無知を恥じて、一風変わった自分に感激することとなった。
⋯⋯問題は筋トレであり、初日にスクワットと腕立て、腹筋をそれぞれ百回、そして毎日十回ずつ増やしていった。だが、懸命に取り組んではみたものの、早々に二週間での効果は薄いと察した。
翌々日になって、その筋トレの代わりと言っては難だが、僕は東京の町中をランニングすることにした。旅行の最中は宮城でも酷暑が予想されており、貧弱な僕はそれに耐えるのが必須だった。
太陽は牙を剥いてこちらを睨み、地面と共謀して、僕に灼熱地獄を提供した。滝のような汗に対応するべく、僕は水筒の水を惜しまず飲み続け、熱中症を避けてただ暑さに慣れる訓練をした。途中、コンビニの冷気という誘惑に負けそうになるも、僕は地元・西巣鴨から東京駅までの数キロを歩き切った。
八重洲の地下街に降り立つと、身体が火照っていたせいで、冷気が触れると痺れるような痛みが走った。それでもこの距離を歩き切った満足感は、半端なものではない。
そして僕は目標を遂行できる男だという自信も得た。加えてこの灼熱地獄が災いして、この地下街にいる民衆の全てが、僕を褒め称えているような錯覚にも陥った。
僕はいつまでも気分が有頂天だったので、持っていた小遣いを全投入して、普段ならあり得ない少し高めなランチを楽しんだ。
これが最高の夏休みの過ごし方だと思い、僕は自己肯定の類を育んでいった。これがこの先の未来に必ず影響を及ぼすと、僕はそう信じてやまなかった。
だが、一度の散髪と散歩ごときで、僕は変に自信を獲得してしまった。その影響で自分磨きの原動力が削がれてしまったことは、また別のお話……。
僕の高校最初の夏休みは、いかにも高校生らしい自由奔放な幕開けとなった。
……たしかに、幕開けの瞬間こそは、自由にお気楽でいられたんだ。
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