6 / 29
野良猫が懐くまで.1
しおりを挟む※〈神宮寺奏〉視点
ーーーーー
最初に見た時、そいつは全てを拒んでいるように見えた。
「……大丈夫か」
体育倉庫から嫌がる人の声が聞こえる。そう報告を受けたのは、たしか風紀室で事務作業をしている時だった。
現場に駆けつけると、薄暗い体育倉庫の中、複数人が一人の生徒を押さえつけていて、俺の姿を見ると慌ててすぐに逃げていった。
その後ろ姿に、後で厳重注意を入れておこう、と思いつつ、被害者の生徒に目を向ける。
全員顔は覚えたから、犯人たちは後でどうにでも出来る。それよりも、こういう事件では被害者の方を優先すべきだ。
「見たところ、外傷はなさそうだが……」
「大丈夫です」
彼はそう言うと立ち上がって、その涼やかな瞳で俺のことを睨みつけた……ように見えた。
正面から見ると随分と整った顔をしていて、襲われるのも無理はないな、と同情を覚える。
今回はギリギリ間に合ったようだが、不自然に乱れたシャツが彼の身に起きた事件を物語っていた。
「そうか、では……」
「じゃあ、俺はこれで」
『一応、保健室へ付き添おう』という言葉を口にする前に、彼はスタスタと立ち去っていってしまった。
話を遮られたのも、去り際に向けられた警戒するような視線も、襲われたというのに毅然としているその姿も、なんだかとても珍しくて、深く印象に残った。
ーーーーー
「大丈夫か、佐倉」
校舎裏で生徒が襲われている、という連絡を受けて行ってみたら、案の定そこには佐倉がいた。
体育倉庫での件があった後も、彼とは風紀委員の仕事でよく顔を合わせていた。
そうして何度か話して、俺も彼の名前を呼ぶようになった。
けれど、
「大丈夫です」
彼の返事は相変わらずそっけなくて、どこか張り詰めたような空気を感じる。
「そこに伸びてるのが犯人か?」
ちら、と視線を向けた先には、佐倉より一回り体格の大きい男子生徒が気を失って倒れていた。
「……正当防衛ですよ」
「ああ、わかってる。むしろ、遅れてすまなかったな」
佐倉は華奢だが、ちゃんと強い。
それでも、その強さをギリギリまで使おうとはしないのだ。
逃げることも、襲われる前に殴ることも出来るのに、彼はギリギリまで力を振るわずに、風紀委員が来るのを待っている。
それが、彼の性根の優しさによるものだとは分かっているけれど。
もしかしたら俺達を少しは信頼してくれているのではないか、と期待もしていた。
だから、こうして犯人が倒れているということは、風紀委員である俺の落ち度だ。
「……別に頼んでませんし。謝られても困ります」
返ってくる言葉はやはりそっけないが、あまり喋らない彼だから、話してくれるだけでも少し心を開いてくれたような気がして、嬉しかった。
ーーーーー
「猫?」
「はい、敷地内で何度か目撃されているのですが、いっこうに捕まらなくて……」
ある日の放課後のことだ。
学園の敷地内に野良猫が入り込んでしまったらしく、風紀は野良猫の捜索に駆り出されていた。
「こっちにはいないっすねー」
「こっちもダメだ!」
「こんな広い敷地でたった一匹の猫を探すなんて……やっぱり無理がありますよ」
気づけば時間はすぎ、日が暮れかけている。
風紀委員を総動員して探したが、猫はまだ見つかっていなかった。
「これは手分けした方がいいな……俺は向こうを見てこよう」
そう言って、俺は雑木林の方へ向かう。
この雑木林の中は入り組んでいて、一年生では迷ってしまうだろうと思ったから、一人で猫を探すことにした。
(猫ということは、木の上にでも登っているのだろうか……いや、茂みに隠れている可能性もあるな)
木の上を見上げてみたり、しゃがんで茂みの中を覗き込んだりと、くまなく捜索するが、猫はおろか生物の気配もない。
(……だんだん暗くなってきた。やはり、今日中に見つけるのは厳しいか……)
だんだん視界が暗くなっていき、諦めの気持ちが強くなっていく。
これはもう無理だろう、思ったその時。
視界の隅を、何かが横切った。
(もしかして、今の……)
にゃーん
(やっぱり猫だ!)
驚かせて逃げてしまわないように、静かに鳴き声のした辺りに近づく。
ようやく見つかった猫は草むらの影に隠れていて、黄色い目でこちらをじっと見つめていた。
「大丈夫だから、おいで」
手招きをしても近寄ってこない。
仕方なく、ゆっくりと歩み寄ってみるが、やはり猫は動く気配を見せない。
そうして俺が触れられる距離に来ても逃げなかったので、手を伸ばして抱き上げた。
猫は大人しく腕の中で丸まったが、黄色い瞳は未だずっと、こちらを見つめている。
(……警戒しているのだろうか)
「大丈夫だ、何もしない」
軽く頭を撫でてやっても、するりと避けてしまう。
そしてまた、黄色い瞳でじっとこちらを警戒している。
その姿が、あの綺麗で強くて、けれどどこか危うい少年によく似ていて、俺はなぜか胸が苦しくなった。
190
あなたにおすすめの小説
笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
ビッチです!誤解しないでください!
モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃
「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」
「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」
「大丈夫か?あんな噂気にするな」
「晃ほど清純な男はいないというのに」
「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」
噂じゃなくて事実ですけど!!!??
俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生……
魔性の男で申し訳ない笑
めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
聞いてた話と何か違う!
きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。
生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!?
聞いてた話と何か違うんですけど!
※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。
他のサイトにも投稿しています。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。
王道学園のモブ
四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。
私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。
そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる