風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実

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野良猫が懐くまで.1

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※〈神宮寺奏〉視点

ーーーーー




最初に見た時、そいつは全てを拒んでいるように見えた。


「……大丈夫か」


体育倉庫から嫌がる人の声が聞こえる。そう報告を受けたのは、たしか風紀室で事務作業をしている時だった。
現場に駆けつけると、薄暗い体育倉庫の中、複数人が一人の生徒を押さえつけていて、俺の姿を見ると慌ててすぐに逃げていった。

その後ろ姿に、後で厳重注意を入れておこう、と思いつつ、被害者の生徒に目を向ける。
全員顔は覚えたから、犯人たちは後でどうにでも出来る。それよりも、こういう事件では被害者の方を優先すべきだ。


「見たところ、外傷はなさそうだが……」

「大丈夫です」


彼はそう言うと立ち上がって、その涼やかな瞳で俺のことを睨みつけた……ように見えた。

正面から見ると随分と整った顔をしていて、襲われるのも無理はないな、と同情を覚える。
今回はギリギリ間に合ったようだが、不自然に乱れたシャツが彼の身に起きた事件を物語っていた。


「そうか、では……」

「じゃあ、俺はこれで」


『一応、保健室へ付き添おう』という言葉を口にする前に、彼はスタスタと立ち去っていってしまった。
話を遮られたのも、去り際に向けられた警戒するような視線も、襲われたというのに毅然としているその姿も、なんだかとても珍しくて、深く印象に残った。




ーーーーー




「大丈夫か、佐倉」


校舎裏で生徒が襲われている、という連絡を受けて行ってみたら、案の定そこには佐倉がいた。

体育倉庫での件があった後も、彼とは風紀委員の仕事でよく顔を合わせていた。
そうして何度か話して、俺も彼の名前を呼ぶようになった。
けれど、


「大丈夫です」


彼の返事は相変わらずそっけなくて、どこか張り詰めたような空気を感じる。


「そこに伸びてるのが犯人か?」


ちら、と視線を向けた先には、佐倉より一回り体格の大きい男子生徒が気を失って倒れていた。


「……正当防衛ですよ」

「ああ、わかってる。むしろ、遅れてすまなかったな」


佐倉は華奢だが、ちゃんと強い。
それでも、その強さをギリギリまで使おうとはしないのだ。
逃げることも、襲われる前に殴ることも出来るのに、彼はギリギリまで力を振るわずに、風紀委員が来るのを待っている。
それが、彼の性根の優しさによるものだとは分かっているけれど。
もしかしたら俺達を少しは信頼してくれているのではないか、と期待もしていた。

だから、こうして犯人が倒れているということは、風紀委員である俺の落ち度だ。


「……別に頼んでませんし。謝られても困ります」


返ってくる言葉はやはりそっけないが、あまり喋らない彼だから、話してくれるだけでも少し心を開いてくれたような気がして、嬉しかった。




ーーーーー




「猫?」

「はい、敷地内で何度か目撃されているのですが、いっこうに捕まらなくて……」


ある日の放課後のことだ。
学園の敷地内に野良猫が入り込んでしまったらしく、風紀は野良猫の捜索に駆り出されていた。


「こっちにはいないっすねー」

「こっちもダメだ!」

「こんな広い敷地でたった一匹の猫を探すなんて……やっぱり無理がありますよ」


気づけば時間はすぎ、日が暮れかけている。
風紀委員を総動員して探したが、猫はまだ見つかっていなかった。


「これは手分けした方がいいな……俺は向こうを見てこよう」


そう言って、俺は雑木林の方へ向かう。
この雑木林の中は入り組んでいて、一年生では迷ってしまうだろうと思ったから、一人で猫を探すことにした。


(猫ということは、木の上にでも登っているのだろうか……いや、茂みに隠れている可能性もあるな)


木の上を見上げてみたり、しゃがんで茂みの中を覗き込んだりと、くまなく捜索するが、猫はおろか生物の気配もない。


(……だんだん暗くなってきた。やはり、今日中に見つけるのは厳しいか……)


だんだん視界が暗くなっていき、諦めの気持ちが強くなっていく。
これはもう無理だろう、思ったその時。

視界の隅を、何かが横切った。


(もしかして、今の……)


にゃーん


(やっぱり猫だ!)


驚かせて逃げてしまわないように、静かに鳴き声のした辺りに近づく。

ようやく見つかった猫は草むらの影に隠れていて、黄色い目でこちらをじっと見つめていた。


「大丈夫だから、おいで」


手招きをしても近寄ってこない。
仕方なく、ゆっくりと歩み寄ってみるが、やはり猫は動く気配を見せない。
そうして俺が触れられる距離に来ても逃げなかったので、手を伸ばして抱き上げた。

猫は大人しく腕の中で丸まったが、黄色い瞳は未だずっと、こちらを見つめている。


(……警戒しているのだろうか)


「大丈夫だ、何もしない」


軽く頭を撫でてやっても、するりと避けてしまう。
そしてまた、黄色い瞳でじっとこちらを警戒している。

その姿が、あの綺麗で強くて、けれどどこか危うい少年によく似ていて、俺はなぜか胸が苦しくなった。





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