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風紀委員長はバカ真面目
しおりを挟む「佐倉、どうしてここに?」
奏さんが、扉を開いた中途半端な態勢のまま、不思議そうにコテリと首を傾げた。
顔が整っているせいか、そんな幼い仕草も様になっている。くそ、これだからイケメンは。
「頼まれた書類を、一旦ここに運んでおこうと思いまして……」
「ああ、今持っているやつか。随分多いな……俺が持とう」
「えっ、いえ、お構いなく……あっ」
遠慮する間もなく、ひょいと書類の山を取り上げられてしまった。
そして、そのまま風紀室の中へと運び込んでくれる。
その一連の動作を、奏さんは涼しい顔で軽々しくやってのけたので、俺はなんだか悲しくなった。
筋トレしようかな……。
「これは何の書類なんだ?」
「いつも通り、色々ですね。新学期が始まって、先生方もお忙しいみたいです」
「まあ、それはそうだろうが……。だが、お前だって風紀副委員長になったばかりなんだ。あまり根を詰めすぎるなよ」
ぽん、と頭を撫でられて、軽く苦笑する。
そんなことを言って、今この学園で一番忙しいのは風紀委員長である奏さんだというのに。
「それはこちらの台詞ですよ。奏さんこそちゃんと休んでください。どうせまた朝から風紀室にこもってたんでしょう?」
「疲れたらちゃんと休むさ。……来週の新入生歓迎会の件が、なかなか片付かなくてな。今日も授業に出られそうにない」
新入生歓迎会。
毎年五月中旬に行われる、鳳凰学園の伝統行事だ。
普通であれば、新入生に適当にオリエンテーションでもやらせて友達作らせとけばいいと思うのだが、なんせここは鳳凰学園。姉さんに言わせると『王道学園』である。
「新入生歓迎会って、毎年『全校生徒で鬼ごっこ』でしたよね……」
我が校の新入生歓迎会は、全校生徒を巻き込んだ超大規模な鬼ごっこをする習わしなのだ。そんな習わし受け継がなくていいのに。
全校生徒が参加するのだから、ただでさえ問題が多発するのだが、さらにタチが悪いのはそのルールである。
「ああ。しかも、『鬼は捕まえた者を好きにできる』というルール付きでな……」
このルールが、毎年とんでもない地獄を引き起こすのだ。
嫌がる相手を無理やり襲ったり、複数人で一人を取り合ったり、その他諸々トラブルが絶えない。
(肩を揉んでもらうとかジュース奢ってもらうとか、もうちょっと平和な提案できないのか?上級生のくせに大人げない……)
呆れてしまうが、この新入生歓迎会の鬼ごっこ、上級生は全員ガチである。
それに対して、何も知らない新入生たちは子供の遊びだと舐めてかかる者が多い。その結果、痛い目に合うのだ。
そうすると、今度はそいつらが上級生になった時に、自分がされた時のように好き勝手してやろう、と新入生を襲って……。
いやもう、この負の連鎖ここで止めた方がいいんじゃないだろうか。
「去年も思いましたけど、そのルールなんで毎年採用されてるんですか?正直、法的に結構危ないと思うんですが」
「ここは無法地帯だからな……。山奥に隔離されているし、何かあっても権力で握りつぶせるし」
これだから金持ちは……。
「このルールは大多数の生徒から支持されているから、こちらとしても採用せざるを得ないんだよ。でないと暴動が起きる」
これだからホモは!!!!!
なんでそんな血気盛んなんだよ!!
「だから例年通り、このルールで開催して、最悪の事態を俺たち風紀委員で防ぐしかないな」
「結局こちらに負担が回ってくるんですね……。まあ僕自身、合意なしに人を襲うクソ野郎は心底嫌いなので……全力を尽くしますよ」
そのクソ野郎がいつ俺を襲うとも限らない。不安の芽は事前に摘んでおくのが何よりだ。
「……なんだかお前、強くなったな」
「……僕だって成長しますから。もう、何も分からない一年生じゃありません」
俺はもう、一人で学園を歩けるようになった。
去年の今頃のように、奏さんに頼らなくても、もう大丈夫だから。
心配しないで、と微笑んでみせる。
「ああ、そうだな……頼りにしてるぞ」
「……はい」
信頼に応えたい。
恩返しがしたい。
それに何より────奏さんのことが好きだから。
一年前、何も知らない俺を助けてくれた優しい人。
他人の心配ばかりで少し無理をする、バカ真面目な風紀委員長。
少しでもいいから、そんな彼の支えになりたいのだ。
「任せて下さい。委員長のサポートは副委員長の仕事ですから」
「おお、心強いな」
「そして、体調管理もサポートの一貫です。奏さん、少なくとも一時間は休息を取ってください!」
ぐいぐい、と明らかに丸一日は寝ていないであろう奏さんを、大きめのソファへと押しやる。
全力を込めても186cmの奏さんはビクともしなかったが、俺の勢いに押されたのか、自ら動いてくれた。
ほんと筋トレしようかな……。
「佐倉、お前も一緒に寝るか?」
「いや、僕は授業がありますから……って、今何時ですか!?」
「五限が始まってから10分は経っているな」
「急いで走ればギリギリ……15分まではセーフだよな……奏さん!俺もう行かないといけないので!ちゃんと休んでて下さいね!」
奏さんに釘をさしてから、走って風紀室を出る。
ここから教室まで、全力疾走すれば五分で着けるはずだ。
風紀委員が廊下を走っている件については、まあ……うん……非常事態だから。
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