全て儚き夢のように

なじみそぎ

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プロローグ

変わらない日々

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少し、寒い。

夜の蒸し暑さとは打って変わり、早朝の空気はいささか肌寒い。瞳を開けるのも億劫なので、手さぐりに布団を探すもなかなか見つからない。身体を少し転がしながら探していると、悲しい事実に気づく。

多分、床に落ちてる。

今日は休日だし、別にこのままもう少し瞳を閉じて寝転がっていても問題はない。
しかし、さすがにこの肌寒い中、この格好で寝ていれば間違いなく風邪をひくだろう。
仕方なく、溜息交じりに瞳を開け、少し億劫な気分で朝を迎える。
「...」
カーテンを開けると、そこに広がってるのは、明るく清々しい空でもなく、どんよりとした陰湿なちっぽけな村の風景。少しかび臭い私の部屋、床に落ちてる布団とくたびれた人形。うん、やっぱり何も変わってない。目を開けると、そこに広がるのは夢の世界!なんて妄想をかれこれ数年追い続けているが、やはり夢は夢の中だけのようだ。

ベッドからよいしょと腰を上げ、寝間着から普段着に着替える。
「...少し、痩せた?」
鏡に映る自分の体は以前よりもあばらが浮いている気がする。まあ、ムリもない。
なにせここの所、叔父さんもペニーもろくにご飯を食べれてない。私がこれなら、ペニーはもっとひどいのではないだろうか。
叔父さん一人で働いて私たちに食べさせてくれているが、そろそろそれも限界な気がする。
私も何か足しになるようなことができればいいのだが、せいぜい新聞配達くらいだろうか。今度グレッグスさんに相談してみよう。

「ああ、おはようガーベイル。今日は休みの日なんだから、もう少し寝ていていいんだよ」
階段を下りてキッチンに行くと、叔父さんが朝ご飯の準備をしていた。
「大丈夫、もう目が覚めちゃったから。何か手伝うことある?」
「じゃあ、パンを焼いててくれるかな?私の方ももうすぐスクランブルエッグができるからね。ついでに庭に生えているトマトをいくつか摘んできておくれ」
「分かった」

かぴかぴになったパンを袋から取り出し、オリーブ油をひいたフライパンの上に乗せ、弱火で焦げ目をつける。本来は油をしかないのだが、スクランブルエッグを乗せて食べるのであれば、これが一番美味しいのだ。その上にフレッシュなトマトが乗れば、とてもご機嫌なブレックファースト。パンを焼いている間に庭に出て、ちょうどいい感じになっているトマトを摘み、輪切りにスライスし、スタンバイOK。

「じゃあ、ペニー呼んでくる」
「ああ、頼むよ。急いで起きなさいと伝えておくれ」
足早に階段を上り、右にあるペニーの部屋をコンコンとノックする。
「ペニー、もうすぐ朝食できるよ」
「...」
返事がない、どうやらまだ夢の中にいるようだ。
仕方ないので、部屋に入り、ペニーが寝ているベッドの布団をはがす。
「うーん、もう少しだけ寝かせてよ...」
寝ぼけたとろんとした眼でこちらに訴えかけるペニーの眼差しを振り切り、どうにかこうにか洗面所に連れていき、顔を洗わせる。そしていつも通り、髪くしで梳き、着替えさせ、後ろで髪を結べばいつものペニーの登場である。
「いつもありがとね、ガーベイル」
とニコッと笑うペニーの顔を見ると、「そう思ってるなら自分で起きてよ」と怒る気も失せてしまう。私は多分、頼られたら断れない人間なんだろうなあ、としみじみ思ってしまう。

「おや、ようやく『御眠り姫』のお目覚めかな」
「ええ、朝食の準備はできていて?」
「もちろん。どうぞこちらに。可愛い愛しのプリンセス」
いつも通りのやり取りの中、叔父さんはペニーの額にキスをすると、二人前のホットミルクと一人前のコーヒーがのったお盆をもってテーブルに向かう。私たちはそれぞれ、フォークとナイフ、砂糖とジャムをもって叔父さんの後についていく。

小鳥のさえずり、少し肌寒い海風。
何も変わらない、何も変わってほしくない。
貧乏くさくてちっぽけだけど、何にも代えがたき幸せは、
今日もゆるやかに始まっていく。

例え私が「魔女」だったとしても。
この幸せだけは、どうか。

その願いとは裏腹に、
変化の要因がこの村に向かって歩いてきていることを、少女らはまだ知らない。
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