再びあなたに会えて…

はなおくら

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 小さな子供を抱えて街を転々と歩いていた。

 暮らす家はない。なぜなら私は、私の存在を知られてはいけないからだ。

 太陽が照りつける夏だ。人通りの多い街中、子供を抱き抱え先を急いだ。

 私の存在を知られてはいけない。そしてこの子も…。

 それは過去を遡る。

 私はとある大きな領地の給仕として働いていた。その家の後継である御子息ジョゼフと恋に落ちた。

 目と目が合った瞬間、お互い惹かれ合っていた。次第にわたしたちは、夜な夜な忍び会い、愛を育んでいた。

 しかし、わたしたちの関係を旦那様や奥様、家の者は許さなかった。

 嫌がらせを受けたり、殴られたりと2人の中を引き裂こうとされていた。

 それでも諦めきれず別れることはしなかった。

 そんなある日、彼が階段から落ちて片足に怪我を負った。

 幸い怪我はすぐに治ると聞き、安堵した。

 そんなある日、彼の世話をしているところに、彼の婚約者と名乗る女性が目の前に現れた。

 彼の婚約者は、何の感情も表さない表情でいった。

「これ以上彼と一緒にいれば、足の怪我までで済むかしらね?」

 目を見開いて、私を見下げる彼女を凝視していた。

 彼女は立ち上がると、私の耳元に顔を寄せた。

「彼の無事はあなたにかかっているのよ?」

 そう言って部屋を出ていった。

 私はすぐさま部屋の荷物をまとめた。

 幸い、辞めると告げても誰も引き止める者はおらず、とっとと出ていけと言わんばかりの対応だった。

 最後に彼の表情を見つめる。

 まだ意識の戻らない彼の頬にキスを落とした。

 胸が張り裂けそうになりながら、止まることのない涙を手で受け止めて屋敷を後にしたのだった。

 屋敷を出て、生活は刺繍ができたので、やれる事は何でもやって暮らしを立てていた。

 それからすぐに子供を授かっていることに気がついた。

 彼との子供だ。

 しかし彼に伝える事も、誰かに頼る事もできずに私は、子供をひっそりと1人で産んだ。

 男の子だった。命懸けで産んだ子供を見た時、私は言葉にできない程の喜びに満ちていた。

 この子には私しか頼れる人もいない。

 それから一生懸命働いた。

 息子にジョナサンと名付けた。

 ジョナサンは乳を飲みすくすくと大きくなっていった。

 辿々しく歩くそんな成長が愛おしくてたまらなかった。

 ジョナサンの面影は、どこかジョセフを思い起こさせる。

 それは嬉しくも切なくもあった。

 そんなある日、私たちの生活は一変した。

 街の広場のお触れ書きに、自分の似顔絵が出ていたからだった。

 差出人は、彼の父親だった。

 私をなぜ探しているのかわからなかったが、もし自分が見つかれば、子供も取り上げられてしまう。

 頭の中で警告のように鳴り響いていた。

 こうして私は、まだ乳離れできない息子と共に旅に出たのだ。
 

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