婚約破棄されても貴方が好き

はなおくら

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「……っ……。」

「ジニア!どうした!?」

 思わず泣いてしまった私を彼が心配してくれている。だからこそもう騙せない、正体を明かさずに身を引こう。

「ご主人様、申し訳ございません…わたしには、身に余るお話ですが……。……今日を持って…お仕えをやめさせていただきます。」

「なっ…!何を言ってる?」

 彼は私の肩を掴み、必死な形相で聞いてきた。

「…っ…!申し訳ありません…っ!」

 唯謝ることしか出来なかった。だが彼は納得いかないと、私の肩を離してくれない。

「僕は君に嫌な事をしたのか?それなら言って欲しいっ!どうしてなんだ!」

 彼の問い答えられるはずもない。わたしは首を横に振った。そして彼から初めてもらった贈り物を見つめて震える手で彼に差し出した。

「申し訳ありませんっ!これはわたしの様な者には…相応しくありません…っ!」

 後から涙が溢れて止まらない。彼は何も言わずに私を見つめ続けていた。

 どれくらいの沈黙が起こっただろうか。ふっと頭の上から彼が口を開いた。

「僕は諦めるつもりもない…。君が嫌だといっても絶対に諦めないっ。」

 彼の悲痛な心の声に思わずときめいてしまう。このまま時間が止まれば…。

 彼は私が差し出した腕時計を、差し出したわたしの手のひらを優しく握らせる様にしてその上から大きな手で包み込んだ。

「これは君が持っていてくれ。」

 それからは、何も返す言葉もなく、気まずい雰囲気の中度が終わった。

 馬車で彼の屋敷に到着する頃には、外は真っ暗になっていた。いつもなら笑い声の絶えない馬車の旅も今回は、わたしも彼も何も言わずに帰ってきた。

 今目の前にいる彼が何を考えているのかわからない。いつものように馬車から出ようとせずに彼は座ったまま何も言わない。

 しばらくは様子を見ていたが、あまり長居しすぎるのもと、わたしは口を開いた。

「ご主人様、到着されたようです。」

「………。」

 彼は何も言わない。これが最後の別れとなる。それならば、最後は笑顔で過ごしたい。

 その思いから私は、笑って話を切り出した。

「ご主人様、今日までありがとうございました。ご主人様と旅に出て…いろんな気持ちになって…とても幸せでした……。」

 そこまで行って泣きそうになる。そんな姿を見せたくないと馬車のドアノブに手をかけた。

「では…失礼します。」

 その瞬間、何が起きたのか、ドアノブを掴んだ手と逆の手を引っ張られた。

 気づくと彼の座っていた席におり、その上に逃がさないとでも言うように彼に押さえつけられていた。
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