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 自身なさげな顔で自分を見つめる今吉をきよは愛しく思った。

「そんなことありません。貴方にそう言ってもらえてすごく嬉しい…。私も貴方を初めて見た時から…。」

 恋をしています。

 その一言が恥ずかしくて言葉に出せなかった。

 だが今吉にはその想いが伝わっていたのだろう。

 見つめ合い、互いに笑い合った。

 そしてその晩二人は同じ褥の中でぐっすりと眠りについたのだった。

 それからは、とても穏やかで楽しい日常だった。

 相変わらず無口で口数少ないが、きよが話をすればボソッと返事を返してくれる。

 今吉の笑った顔を見た村人が驚いていた。
 そして元々女性に好意を抱かれる今吉もさらに人気を博していた。

 今吉は騒がれることが嫌なのか、仕事の帰り、キヨの手を引いてそそくさに去ろうとする。

 キヨは今吉と触れ合える事を密かに喜んだ。

 ある日、キヨが家の事をしていると、村長が顔を出してきた。

「キヨさん、急にすまないね。今吉はいるかな?」

「はい。今吉さんは薪を切っています。」

 キヨは村長を庭が見える廊下に案内して茶を出し今吉を呼び出した。

「親父様、お久しぶりです…。」

「今吉、元気にしてたか?最近村では嫁をもらったお前が変わったと大盛り上がりだわ。」

 きよは、今吉の分のお茶を出すと今吉の一歩後ろに座って話を聞いていた。

 村長の言葉に今吉は返事をせず庭の方を見つめる。

「お前さんが幸せならわしも頑張った甲斐があったわ。」

 村長はキヨの方を向き言う。

「キヨさん、こいつはこんな堅物だがどうかよろしく頼み申します。」

 頭を下げた村長にキヨも手をついて頭を下げて言葉を返す。

「不束者ですが…今吉さんを支えられる嫁として日々過ごさせていただきたく思います。」

 そう返すと村長は嬉しそうに笑った。

 今吉もどこか嬉しそうにしている。

 キヨは今夕飯の支度をしていた。
 今日村長の話を聞いて今吉と夫婦になれたのだと改めて実感する。

 ウキウキした気持ちで、鍋をかき混ぜていた。
 その時、キヨの頭の中で気になる事が出てきた。

 今吉に嫁いでから一度も閨を共にしていない。
 この前には頭の中のもやもやが気になりその流れを止めてしまった。

 今吉はどう考えているのか気になったが、聞いていいものか考えてしまう。

 横目で今吉の様子を盗み見するが今吉は茶を飲みながら何をするでもなく寛いでいる。

 キヨはこんな事を考える自分はふしだらなのではないかと首を横に振り、今思った事を忘れようとした。

 食事も無事に済ませて、眠りにつく頃キヨは今吉を見つめる。

 見られていた今吉がキヨに問いかける。

「どうした?」
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