愛しい心は千歳よりさらに

はなおくら

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 それからどれくらい時が経ったのだろうか。キヨはハッとした。

 気づくとキヨは今吉の腕の中にいた。今吉もキヨを守るかの様に抱きしめている。

「…ごめんなさい…私…はしたない事をっ…!」

 離れて浴室から出ようとした瞬間、パッと腕を掴まれた。

 振り返ると今吉が何か縋る様な瞳でこちら見ている。

 その目を見ているとまた自分もすがりたくなってしまうキヨは笑って誤魔化した。

「ごめんなさい、驚かせてしまって、猫が入っていたのかもしれませんね。」

 そう言って素早く着物を纏う。その時。

「キヨ…。」

 それはいつもどこか虚げにつぶやく声ではなく、はっきりとした声だった。

 キヨは驚いて振り返ると、今吉が泣いてキヨを見つめていた。

「すまない…キヨ。」

 その瞬間今吉は元に戻ったのだと理解した。

「お前さんっ‼︎」

 今吉の胸へ飛び込む、すると今吉もすかさず両手で抱きしめ返してくれた。

「…もう…私はあなたに幸せになって欲しかったのに…なにをしているのですか…。」

「すまない…だがキヨでなければ私は幸せになれない…。」

 今吉の想いにこの人は変わらないのだと嬉しくなった。

 それからその晩、2人で今までのことを語り明かした。

 今吉は黙って頷き時折すまないと謝るばかりだ。

 そして今キヨが獣神の元でしている話を、した時今吉は語り出した。

「そうだったのか…そういえば自分がこうなる前、キヨを見かけたと思う。」

 キヨはあの時の事だと思い喜んだ。自分だけではなく今吉も顔を隠していても気付いていてくれたのだ。

「覚えていたのですね…嬉しいです。」

「あぁ…。」

 それから今吉が正気を戻したと言う事で当主の杉沢臣誓の元へと2人で向かった。

 キヨが今吉の嫁だと語ると杉沢は頭を下げて2人に詫びた。

 今吉とキヨの心は晴れやかだった。なぜなら再びこうしていられるのは杉沢の配慮があったからだ。

 首を横に振り礼を述べた。それから事は早く回る。

 2人でここを出る準備を済ませて、屋敷の者に見送られながら獣神のいる社台に向かった。

「キヨが巫女で獣神様に仕えているとは…自分は大丈夫だろう…。」

 不安げな今吉にキヨは笑った。

「獣神様は私と今吉さんが巡り会う事を予知していたのかもしれませんね…。それにお前さんの事もきっと気に入りますよ。」

 そう励ますが、今吉は硬い表情のまま頷いたのだった。

 社台に着く頃、目の前には身の回りの世話してくれた女人が立っていた。

「キヨ様、今吉様、おかえりなさいませ。我が主人が奥の間にてお待ちでございます。」

 神妙な顔をした女人が2人を案内した。

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