その騎士は優しい嘘をつく

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
8 / 19

愛おしい人(2)

「んぎゃ……、きゃっ……」

 アンネッテの腕の中には、赤ん坊がいた。

「ちょうどこの子のおむつを交換していて。もう、本当にタイミングが悪いんだから」

 ハイナーは立ち上がり、彼女の腕の中の赤ん坊に視線を移した。

 ハイナーと同じ金色の髪。ハイナーと同じ碧色の瞳。
 そして、どことなくアンネッテに似ている鼻の形。

「俺の子、だな」

 そう、ハイナーには自信があった。間違いなく自分の子であると。
 その質問に、またアンネッテは夕焼けが空を染めていくように、頬をオレンジ色に染め始めた。そして、ゆっくりと頷く。

「男の子、だな。名前は?」

「ハイネス」
 また、恥ずかしそうにアンネッテは俯く。ハイナーとアンネッテの名前を足したような名前だ。
「勝手につけてしまって、ごめんなさい」

「いや、いい名前だ。抱いてもいいか?」

 アンネッテは黙って頷くと、腕の中にいた赤ん坊をハイナーの腕へ渡した。
「ちょうど首も据わり始めたところだから」

「ああ、ダメだ、緊張してしまう。俺が抱っこすると、潰しそうになってしまう」

 その言葉を耳にして、アンネッテはふふっと笑った。

「こうやって見ると、本当にそっくり」

 ハイナーが自信をもって自分の子であると思えるほど、ハイネスはハイナーに似ていた。

「ハイちゃん、ハイちゃん」
 という女の子の声が聞こえてくる。

「こら、カローラ。今、お客さんが来てるから」
 という姉の声。

 その部屋の扉が開いたかと思うと、小さな女の子とアンネッテの姉の姿が現れた。

「ハイちゃん、ハイちゃん」
 と女の子はハイネスを抱いているハイナーに近寄ってくる。

「ハイちゃん、ねんね?」

「ああ、眠ってしまったようだな」
 ハイナーは目を細めて、答えた。ハイナーに抱かれたハイネスは、その瞼を閉じて、すぴすぴと鼻を鳴らしている。

「ハイちゃん、パパ?」
 ハイネスの父親か、と聞いている。

「ああ」
 そう答えることができて、なぜかハイナーは嬉しくなった。

「ハイナーさん、今日、ここに泊まっていく?」
 と姉に聞かれ、思わずハイナーは抱いていた腕に力を入れてしまった。すぴすぴと規則正しく鳴いていたその鼻が、ふごっと不規則な音を立てる。

 アンネッテは腕を伸ばして、ハイネスを受け取った。左腕にお尻を引っ掛け、肩にその小さな頭を預けるように抱き上げる。そして空いている右手でぽんぽんと背中を規則的に優しく撫で始めた。器用に抱いているな、というのがハイナーの印象。

「遠征帰りだから、休暇中でしょ? そうしたら?」
 アンネッテが嬉しそうに言った。

 大好きな彼女からそんなお誘いを受けたら、断りたくない。だが、ここは彼女の姉の家であって、彼女の家ではない。

「今日ね。旦那も王宮に呼ばれていて、あっちに泊まりなのよ。だから、この家に男の人がいると心強いんだけど」
 という、姉の言葉。それはハイナーに対する気遣いと、妹に対する思いやりだと思われる。

「お姉ちゃんもこう言ってることだし。ね」

 だから、大好きなアンネッテからこんなお誘いを受けたら、ハイナーだって断りたくない。

「では、その。お世話になります」
 と、ハイナーは答えていた。
 いつの間にかハイネスも、すぴすぴと鼻を規則的に鳴らしていた。

「そうと決まったら、アン。ハイネスを預かるわ。あなたたちは買い物ね」
 アンネッテがそれに答えるよりも先に、姉にハイネスを奪われてしまう。さらに、早く買い物に行ってきなさい、と追い出されてしまう。

 カロちゃんもねんねする、と背中から声が聞こえてきて、子供たちはお昼寝の時間か、とハイナーは思った。
感想 1

あなたにおすすめの小説

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

真面目な王子様と私の話

谷絵 ちぐり
恋愛
 婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。  小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。  真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。 ※Rシーンはあっさりです。 ※別サイトにも掲載しています。

その女、こじらせること約10年

あまき
恋愛
彼を愛するが故に離れようとする女と、愛をこじらせる彼女をかわいがっていたらうっかり逃げられそうになるものの離れることは許さない男の、お騒がせ近所迷惑カップルのお話。 ❀『追い求めるのは数字か恋か』に友情出演していた深山楓のお話です。時系列は少し前になります。 ❀前作とは完全別の短編ですので、そちらを読んでいない方も楽しんでいただけると思います。 ❀他サイトでも掲載中。

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

気になる人

みるみる
恋愛
 家で引きこもる陰気な令嬢ドナ、美しいニコールを姉に持つ卑屈な妹のドナ…それが私のアイデンティティだとずっと思っていました。  だからこそいつも人目を避けて屋敷内で静かに過ごしてきたのです。  それが世間的にも私の存在があまり認識されていない事の理由でもありました。  そんな引きこもりの私にもとうとう気になる男性ができました。ファテン公爵家の長男ボルゾイ様です。  そんな彼が公爵家を継ぐために選んだ婚約者はなんと目立たない存在の私…ドナでした。  降ってわいたような幸運に喜んだのも束の間…それからしばらくして私は彼の本性を知ってしまいました。  許せない!苦々しい思いが募り、夫婦になった後もつい彼に対して冷たい態度をとってしまい彼を冷たく突き放す日々を送るうちに、段々と彼も私がいる屋敷に帰ってこないようになりました。  どこか吹っ切れたようなサバサバした活動的なドナ、社交界で華やかな存在感を放つファテン公爵夫人…それが今の私のアイデンティティ。  夫の愛などなくても私は充分に幸せ…のはずなのに、どうして私は彼の事が気になってしまうようで…。 (※性的マイノリティーに関連した表現も話に出てきますが、決して差別を助長するものではありません。ご了承下さい。)

【10話完結】 忘れ薬 〜忘れた筈のあの人は全身全霊をかけて私を取り戻しにきた〜

紬あおい
恋愛
愛する人のことを忘れられる薬。 絶望の中、それを口にしたセナ。 セナが目が覚めた時、愛する皇太子テオベルトのことだけを忘れていた。 記憶は失っても、心はあなたを忘れない、離したくない。 そして、あなたも私を求めていた。

冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者

月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで…… 誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話