その騎士は優しい嘘をつく

澤谷弥(さわたに わたる)

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優しい人(2)

「君からもらった、クッキー。美味しかった。君からの手紙も読んだ。こんな俺を待っていると、そう書かれていた」

「そう、だったかもね」

「だから、俺も君に手紙を書いた」

「え?」

「だけど、出せなかった。すぐに遠征先へ行かなければならなかったから」

 そこで、テーブルの上に一通の手紙を差し出すハイナー。

「一年前の俺の気持ちだ。俺が帰ってから読んでくれ。その、恥ずかしいから」

「今の気持ちは?」
 アンネッテはそう尋ねていた。一年前の気持ちよりも、むしろ今の彼の気持ちを知りたい。

「今の気持ちは。君を今でも愛している。恐らくこれからもずっと、君だけを愛し続けるだろう。だから、俺と結婚して欲しい。それが俺の今の気持ちだ」

 アンネッテはじっとハイナーの顔を見つめた。
 彼は優しい嘘をつく。
 だが、今の言葉は彼の本心であることにアンネッテは気付いた。

「あ」
 とハイナーは情けない声をあげる。
「しまった。忘れてしまった」

「何を?」

「その、この日のためにと思って準備していた指輪だ」

 彼は優しい嘘をつく。

「次、君を迎えに来るときに、もう一度今の言葉を伝えてもいいか?」

 だけど、今日は嘘をついていない。今まで口にしたことは全て彼の本音。
 それに気付いたアンネッテは朝日を反射させる海面のように、きらきらと頬を染め上げるしかなかった。

「それから。俺の子を生んでくれてありがとう。あんなに酷いことを言ったにも関わらず。そうやって、大事に育んでくれていたことが嬉しい」
 頬を染め上げてしまったアンネッテは頷くことしかできない。

「あの後。遠征の前に君に謝りたくて、治療院へ行った。だけど、君は休団していると言われてしまった」

「あ、うん。その、悪阻がちょっと酷くなってしまって。それで、団長に相談したの。あの子が生まれてからのことを考えたら、思い切って退団してもいいかなと思って。そうしたら、休団扱いにして、また生活が落ち着いたら戻ってこいって言われた」

「できれば、その。俺が遠征に行く前に教えて欲しかった。その、子供を授かったことを」

「あ、うん。そうね。だけど、気付いたのがあなたに最後に会った後で。本当に、それまではなんともなかったのに、急激に体調が悪くなって。それで急いで診てもらったら、そうだってわかったの。ハイナーにも伝えるべきかなっては思ったんだけど、やっぱり遠征の前だから心配をかけたくなかったし、何よりもあなたからあんなことを言われた後だったから……」

「すまなかった」
 ハイナーはもう一度頭を下げて謝った。何度謝っても足りないことはわかっている。だけど、ハイナーには謝ることしかできない。

「きっと、あなたのことだから。私の妊娠を知ったら、行かないとか言い出すんじゃないかな、っても思ったの」
 あまりにも謝り続けるハイナーを見て、アンネッテはそう口にした。だが、彼女の考えは間違っていない。その遠征を断り、彼女の側にいただろうと思う。騎士団を辞めてでもそうしていただろうと思う。

「だから、あなたに言わなかったのは、わざと。大事なことを黙っていてごめんなさい」

 ハイナーは顔をあげた。傾きかけた太陽によって、彼女の頬が橙色に染められている。

「なんか。俺たちは謝ってばかりだな」
 ふっとハイナーは息を吐いた。
「その、一年。俺がいなくて不安じゃなかったか? その、一人ではない身体で。側にいることができなくて悪かった。君を助けられなくて、その……」

「ハイナーはずっと私の側にいてくれた」

「え?」

「ずっと、ここに」
 アンネッテは、今はぺたんとへっこんだお腹に、愛おしいものを包み込むように両手を当てた。
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