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夏の日の長い夕方が、一気にセピア色の世界に染まり、何かしら動いていた人たちは、静止画のようにぴたりと止まっていた。
「は? 何、これ」
身近にいた女性に触ろうとしても、触ることができない。見えるのに、感触がない。実態がない。
「あっちより、こっちに連れてきたほうが早いと思ってね」
あっちもこっちも、違いがわからない。慌ててスマホを取り出すが、もちろん圏外だ。これでは、位置情報共有アプリも役には立たない。
私は目の前の元カレをじろっと睨んだ。
「お前さ。知らないの? お前って、人間のわりには霊力が高いんだよ」
ドキリとした。身体が震える。
「特に、そこから霊力を感じる」
元カレが指を差したのは、私の下腹部。つまり、新しい命が宿っている場所。
――健太郎さんが言っていたのって、こういう意味なの?
私は唇を噛みしめて、元カレを睨む。
ここには、私を助けてくれるような人はいない。野次馬もいない。そもそも、私と元カレ以外、誰もいない。見えるあの人たちは、ただのお飾りのようなもの。
「今のお前と交われば、オレも霊力を分けてもらえるというわけだ。お前に、あやかしの子を妊娠するような力があるとは思わなかったよ」
ここでもあやかし。まさかのあやかし。となれば、もしかして、もしかしなくても、この男もあやかし?
「そうやって、驚きもしないってことは……。やはり、その子は『あやかし』の子か。すごいな、お前。まさか、普通の人間のくせに『あやかし』の子を孕む力があるなんて。やっぱり、あの時、手放すんじゃなかった。そうすれば今頃、オレの霊力も高まったのになぁ? だけど、その子は邪魔なんだよね。存在してはいけない赤ん坊だ」
唇の周りを舐めながら、元カレが言う。もう、気持ち悪い。悪阻で気持ち悪いんじゃなくて、この男の存在が気持ち悪い。
だけど、このよくわからない場所から、家に帰る方法がわからない。
「おいで、珠美。こっちはオレとお前しかいないから。誰にも邪魔される必要はないよ? いや、邪魔してるのはその子か」
「ごめん、あんたの言ってる意味が、さっぱりもってわからない」
これから彼がどこで何をしようとしているのかが、わからない。だけど、彼に捕まってはいけないという、そんな気持ちだけはあるし、お腹の子が危ないということだけはわかった。
あいつが私に一歩近付けば、私は一歩下がる。また、一歩、また一歩……。
私の隣には、動かない人の顔があるけれど、その人は私が見えていないかのように、どこか違う場所を見つめていた。
そもそも、こうやって相手に触れることができないのだ。助けを求めたって無理だってわかっているけれど――。
これだけの人がいたら、いくら動かないセピア色の人間であっても、だれか一人くらいは私に気づいてくれるんじゃないかって期待してしまう。
「は? 何、これ」
身近にいた女性に触ろうとしても、触ることができない。見えるのに、感触がない。実態がない。
「あっちより、こっちに連れてきたほうが早いと思ってね」
あっちもこっちも、違いがわからない。慌ててスマホを取り出すが、もちろん圏外だ。これでは、位置情報共有アプリも役には立たない。
私は目の前の元カレをじろっと睨んだ。
「お前さ。知らないの? お前って、人間のわりには霊力が高いんだよ」
ドキリとした。身体が震える。
「特に、そこから霊力を感じる」
元カレが指を差したのは、私の下腹部。つまり、新しい命が宿っている場所。
――健太郎さんが言っていたのって、こういう意味なの?
私は唇を噛みしめて、元カレを睨む。
ここには、私を助けてくれるような人はいない。野次馬もいない。そもそも、私と元カレ以外、誰もいない。見えるあの人たちは、ただのお飾りのようなもの。
「今のお前と交われば、オレも霊力を分けてもらえるというわけだ。お前に、あやかしの子を妊娠するような力があるとは思わなかったよ」
ここでもあやかし。まさかのあやかし。となれば、もしかして、もしかしなくても、この男もあやかし?
「そうやって、驚きもしないってことは……。やはり、その子は『あやかし』の子か。すごいな、お前。まさか、普通の人間のくせに『あやかし』の子を孕む力があるなんて。やっぱり、あの時、手放すんじゃなかった。そうすれば今頃、オレの霊力も高まったのになぁ? だけど、その子は邪魔なんだよね。存在してはいけない赤ん坊だ」
唇の周りを舐めながら、元カレが言う。もう、気持ち悪い。悪阻で気持ち悪いんじゃなくて、この男の存在が気持ち悪い。
だけど、このよくわからない場所から、家に帰る方法がわからない。
「おいで、珠美。こっちはオレとお前しかいないから。誰にも邪魔される必要はないよ? いや、邪魔してるのはその子か」
「ごめん、あんたの言ってる意味が、さっぱりもってわからない」
これから彼がどこで何をしようとしているのかが、わからない。だけど、彼に捕まってはいけないという、そんな気持ちだけはあるし、お腹の子が危ないということだけはわかった。
あいつが私に一歩近付けば、私は一歩下がる。また、一歩、また一歩……。
私の隣には、動かない人の顔があるけれど、その人は私が見えていないかのように、どこか違う場所を見つめていた。
そもそも、こうやって相手に触れることができないのだ。助けを求めたって無理だってわかっているけれど――。
これだけの人がいたら、いくら動かないセピア色の人間であっても、だれか一人くらいは私に気づいてくれるんじゃないかって期待してしまう。
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