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 ファンヌが案内されたのは王宮の中にある部屋ではなく、それに併設されている建物の方だった。
「ファンヌ。ここが王宮調薬師のいる部屋だ。周りからは『調薬室』と呼ばれている。薬が必要な者たちに、それぞれの症状に応じて薬を『調薬』するのが、オレたち王宮調薬師の仕事だ。残念ながら、まだこのベロテニアには『調茶』が広まっていない。言葉を聞いたことがある、といった具合だな」
「そうなのですね。でしたら、皆さんに『調茶』を知ってもらえるように、頑張ります」
 ファンヌが左手で小さく拳を握ると、エルランドは銀ぶち眼鏡の下で目を細めた。
『調薬室』の扉を開けると、そこには長椅子がいくつか並んでいた。
「ここが待合室だな。薬が必要な者たちが、ここで順番を待っている。オレの師はあっちの奥の部屋にいる。まだ時間が早いから、誰も来てないな。今のうちに師を紹介する」
 待合室の正面には受付があり、その奥では白いエプロンをつけた女性が忙しなく動いていた。その女性にエルランドが声をかけ、幾言か言葉を交わす。ついでにファンヌも紹介された。
「ここが『診断室』だ。その人に合った薬を出す為に症状などを聞く部屋になる」
 受付の少し離れた場所に引き戸があり、その戸をエルランドが開けた。
「お、エルじゃないか。戻ってくるとは聞いていたが、いつ戻ってきたんだ?」
 戸を開けると、ゆったりとした椅子に座っている男性がいた。ラベンダーグレイの髪は少し不精に伸ばしてあるように見える。年齢はヘンリッキと同じくらいの四十代だろうと、ファンヌは思った。
「昨日」
「そうか。で、後ろの嬢ちゃんがお前の番か?」
 ここでもファンヌは『番』と言われてしまった。
「『番』だけど『番』じゃない」
「そうか。つまり、まだお前の片思いってことか……。お嬢ちゃん」
 お嬢ちゃんは間違いなくファンヌを指している。
「は、はい」
「私はオスモ・ウニグ。ここで王宮薬師として働いている」
「え、と。ファンヌ・オグレンです。リヴァス王国の調茶師です」
「調茶師。名前は聞いたことはあったが、会うのは初めてだ。興味があるな」
「師匠」
 エルランドの鋭い声。
「ああ、すまないエル。私の興味があるとは、君が思っているのと理由は異なる。純粋に『調茶』と呼ばれる技術を見たいだけだ。お前を敵に回してまで、彼女を横取りするつもりは無いよ」
「ええと。先生の先生ですから。大先生とお呼びしてもいいですか?」
 ファンヌの言葉を耳にしたオスモが、視線をエルランドに向けた。まるで可哀そうな生き物をみるかのような視線だ。エルランドはオスモから視線を逸らした。
 オスモは再びファンヌに視線を戻す。
 ファンヌは正面からオスモを見て、どこか懐かしい感じが込み上げてきた。
「あの、以前。どこかでお会いしたことがありますか?」
「残念ながら、二十年近く私はこのベロテニアから出たことがないからね。世の中には似た人間が三人いると言われているから、きっと私のそっくりさんにでも会ったんじゃないかね。まあ、そう言われると、私もファンヌ嬢に会ったことがあるような気がしてきた」
「ですが、残念ながら、私もベロテニアに来たのは昨日が初めてです。きっと大先生も、私のそっくりさんにお会いになったのでしょうね」
「うん、ファンヌ嬢。この話はもうやめよう」
 なぜオスモが無理矢理話を切り上げたのか、ファンヌにはわからなかった。ただ、ファンヌの隣にいるエルランドがむっと唇を歪ませていることだけはわかった。
「どうやら、私がファンヌ嬢と仲良くしていることをよく思わない男がいるみたいだからね」
 ははっとオスモが笑っている。
「さて、と。エル。今日、ここに来たと言うことは、私の仕事を手伝ってくれるのだろう?」
「師匠からそう言われたら、断れない……」
「では、私も先生と大先生のお手伝いをしてもよろしいでしょうか?」
 むっとしているエルランドとは正反対に、ファンヌの顔はきらめいていた。
「手伝いが増える分には助かる。きちんと手伝い賃は支払うからな。さすがにただ働きはさせないよ」
「よろしくお願いします。大先生」
 ファンヌが勢いよく頭を下げたのを、エルランドはため息をつきながら眺めていた。
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