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「よし。次の人呼んで」
「では、私は待合室の方で話を聞いてまいります」
 だが、ファンヌが診断室を出ていく姿を見たエルランドの顔は曇っていた。
 ファンヌは受付から順番を聞いて、体調不良者の話を聞くことにした。腕があがらない人、お腹が痛い人、手足が冷える人、発熱している人、よく眠れない人など、様々な症状の者たちがいた。その中でファンヌは手足が冷えている女性とよく眠れない男性のために、茶葉と薬草を合わせて『調茶』を行い、お茶を振舞った。
 手足が冷えていたという者がお茶を飲み終えると、お腹の底から身体がぽかぽかしてきたと言う。ファンヌがオスモに診てもらうかを尋ねると、彼女は今飲んだお茶が欲しいと言い出した。
「では、こちらのお茶を準備してお渡ししますね」
「ありがとうございます」
 先ほどまで白い顔をしていた女性は、頬を少し赤らめて礼を口にした。血色が良くなってきたようだ。
 よく眠れないと口にしていた男性は、お茶を飲んでからしばらくすると転寝を始めた。ファンヌは彼が目を覚ますまで、そっとしておいた。
『調茶』では身体の不調を解決できないと判断した者は、オスモとエルランドに任せることにしてある。先ほど聞き取った帳面をエルランドに手渡す。彼は、少し表情を曇らせていたが、ファンヌがじっと顔を見つめると、それに気づいたのかやっと顔を綻ばせた。
「ファンヌ。助かった。症状を事前に把握できるだけで、必要な薬がある程度絞れるからな」
「では、私はお待ちしている方にお茶を淹れて、できるだけ穏やかな気持ちで待っていただけるように努めますね」
「た……、頼む……」
 エルランドが少し言い淀んでいるようにも聞こえたが、ファンヌはお茶を必要としている人たちにお茶を淹れることができる喜びに浸っていた。
「お待たせしていて申し訳ありません」
 声をかけながら「お茶はいかがですか?」と紙製のコップに淹れた温めのお茶を勧める。
 そうやって彼らの話を聞き、お茶を勧めていくと、その場にいる人たちとも打ち解けてくるというもの。
 他愛のない話をしながらも、彼らはファンヌの名を聞きたがり、彼女について興味を持ち始める。ファンヌは当たり障りのない言葉を口にしながらも、エルランドとオスモの元に、薬草を基礎としたお茶を学びにきた、とだけ答えた。
 だが、彼女が何者であるか、わかる者にはわかるらしい。
 顔に大きな傷をつけた身体も大きな男が、
「もしかして、エルぼんの番じゃないのか?」
 とぼそっと口にすれば、そこにいる誰もが納得し始める。
 かっとファンヌが顔を赤らめると、
「ああ、悪い、悪い。気を悪くしたなら、謝るよ」
 傷の男はあっけらかんと答えていた。どこからどう見ても謝るような態度でもないのだが。
「ま。エル坊が、そういった相手を連れてきてくれたことは、俺たちにとっても喜ばしいことなんだよ」
 エルランドのことを「エル坊」と呼べるようなこの男が、ファンヌは気になって仕方なかった。先ほど、話を聞いたときに彼の名も聞いた。
 名は確か、リクハルドなんとか。今日、この『調薬室』を訪れているのは、古傷が痛むから痛み止めが欲しいとのこと。顔には大きな傷跡もある。彼のその服装から、騎士であることは容易に推測できた。
「ファンヌ嬢。そんな驚いた顔をしなさんな。俺はさっきも名乗ったが、リクハルド・キウル。王国騎士団第一部隊の部隊長で、エル坊はこんくらいの時から知ってるんだよ」
 こんくらいのところで、手の平を合わせてちょっと大き目な丸い形を表現しているようだが、それではまだ胎児だろう、とファンヌは思った。赤ん坊を表現するなら、もう少し両手の距離をとって表現した方がしっくりくる。
「ほら。エル坊がオスモに唆されて、十三でリヴァスに留学しただろう? そこからもう、九年、約十年? ちょくちょく戻っては来てたみたいだけど、ちょっとした里帰り程度だし。学校を卒業したなら、さっさと戻ってこいと周りは言ってたにも関わらず、だ。そしたら、なんだか飛び級で卒業して、偉い人になったとか?」
 偉い人とは、恐らく教授を指しているのだろう。エルランドは二十歳までにいくつも論文を出して、それが認められたために教授になったとも聞いている。だが、あのオスモを師として幼いときから彼の元にいたのであれば、それはファンヌにとっても納得できるものであった。
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