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その日の夜、クラウスは国王に呼び出された。
『騎士の一人が暴れたようだな』
国王は琥珀色の液体が入ったグラスを傾け、何かを見定めるようなじっとりとした視線を、そのグラスに注いでいる。
ローテーブルを挟んで向かい側に座っているクラウスは、ぴっと背筋を伸ばして両手を膝の上において視線を下に傾けていた。
『は、はい……』
視線を目の前の国王から逸らしたまま、クラウスは答えた。
『その者はベロテニアの血筋の者であったと報告を受けたが……』
『そ、その通りです。ですが、他の任務には影響を与えないため、数日ほど休ませてから、復帰させる予定です』
ふっと国王は鼻で笑う。
『相変わらず、お前は詰めが甘い。そのような者、さっさとクビにすれば良いものを』
『ええ、私もそう思ったのですが。騎士団長の方から、懇願されまして。人手不足を理由にされました』
騎士の人手不足。なぜかぽろぽろと騎士を辞める者が続いている。彼らは辞めた後、さらに王都パドマから去っているという話も、騎士団長から聞いたことだ。
国王はグラスに口をつけ、琥珀色の液体を一気に飲み干した。空になったグラスを手にしたまま、国王は視線をクラウスに向ける。
『パドマから人が減っていることを、お前は知っているか?』
『は、はい……』
クラウスが答えると、バリンとガラスの割れる音がした。国王の身体は震え、彼の手の中にあったグラスは粉々に砕け散っている。怒りで身体を震わせているのだ。
『ファンヌがいなくなってからだ。全てはそれが始まりだ。工場は潰れ、パドマから人が消え。挙句、お前の子を授かったといった女はどうした? 見事、逃げられたではないか』
『それは……』
全てが事実であるため、反論する余地もない。
『ベロテニア、ベロテニア、ベロテニア……。どこもかしこもベロテニアだらけだな』
忌々しげに国王はベロテニアの名を口にした。
ファンヌがベロテニア王国で暮らしていることは、国王もクラウスも知っている。
『クラウス。そろそろファンヌを連れ戻してきてはどうだ? 彼女もお前と離れて、少しは頭も冷えただろう』
だが、彼女と離れて頭が冷えたのはクラウスの方だった。離れて初めて、彼女の必要性を感じた。でしゃばるようなこともせず、だからと言って受け身でもない。先のことを見据え、他人のことを思いやっていた彼女。
初めて出会ったときに、彼女はクラウスに笑いかけてくれた。だが、それ以降、彼女の笑顔を見ることは無くなった。
なぜだろう。
『しかも、新しい薬もできたそうだしな。ベロテニアの者によく効く……』
国王の言葉で、クラウスははっと顔をあげた。
今日、初めて国王と目が合った。その目はにたにたと笑っている。
『何も今すぐとは言っていない。しっかりと準備をし、確実に彼女をこちらに取り戻す方法を考えろ』
クラウスは国王の言葉に、ゴクリと喉を鳴らす。
『くれぐれも、オグレン侯爵には知られないように動けよ?』
なぜですか、と言いかけて、クラウスはその言葉を飲み込んだ。
そういえばファンヌが言っていた。ファンヌは必要最小限の魔力しか保持していないが、兄のハンネスの魔力は強いということを。
――きっとお母様のお腹の中で、お兄様が全て魔力を奪っていったに違いないわ。
彼女がそんな冗談を口にしたのは、いつだったろう。
国王が懸念しているのは、ファンヌの兄であるハンネスだ。肩書は『王宮医療魔術師見習い』であったが、あの年で『国家医療魔術師』の試験に合格しているのだ。
そして、領地に戻ったオグレン一家を王都に連れ戻すことができないのは、あの領地が結界によって護られているからだ、という話も聞いた。その結界を維持しているのがハンネスだ。
さらに、王都の人々がオグレン領に流れているという話まで聞いてしまったら、気が気ではないだろう。
となれば、オグレン領にいない者を、王都に連れ戻した方がいろいろと効率的なのだ。
『騎士の一人が暴れたようだな』
国王は琥珀色の液体が入ったグラスを傾け、何かを見定めるようなじっとりとした視線を、そのグラスに注いでいる。
ローテーブルを挟んで向かい側に座っているクラウスは、ぴっと背筋を伸ばして両手を膝の上において視線を下に傾けていた。
『は、はい……』
視線を目の前の国王から逸らしたまま、クラウスは答えた。
『その者はベロテニアの血筋の者であったと報告を受けたが……』
『そ、その通りです。ですが、他の任務には影響を与えないため、数日ほど休ませてから、復帰させる予定です』
ふっと国王は鼻で笑う。
『相変わらず、お前は詰めが甘い。そのような者、さっさとクビにすれば良いものを』
『ええ、私もそう思ったのですが。騎士団長の方から、懇願されまして。人手不足を理由にされました』
騎士の人手不足。なぜかぽろぽろと騎士を辞める者が続いている。彼らは辞めた後、さらに王都パドマから去っているという話も、騎士団長から聞いたことだ。
国王はグラスに口をつけ、琥珀色の液体を一気に飲み干した。空になったグラスを手にしたまま、国王は視線をクラウスに向ける。
『パドマから人が減っていることを、お前は知っているか?』
『は、はい……』
クラウスが答えると、バリンとガラスの割れる音がした。国王の身体は震え、彼の手の中にあったグラスは粉々に砕け散っている。怒りで身体を震わせているのだ。
『ファンヌがいなくなってからだ。全てはそれが始まりだ。工場は潰れ、パドマから人が消え。挙句、お前の子を授かったといった女はどうした? 見事、逃げられたではないか』
『それは……』
全てが事実であるため、反論する余地もない。
『ベロテニア、ベロテニア、ベロテニア……。どこもかしこもベロテニアだらけだな』
忌々しげに国王はベロテニアの名を口にした。
ファンヌがベロテニア王国で暮らしていることは、国王もクラウスも知っている。
『クラウス。そろそろファンヌを連れ戻してきてはどうだ? 彼女もお前と離れて、少しは頭も冷えただろう』
だが、彼女と離れて頭が冷えたのはクラウスの方だった。離れて初めて、彼女の必要性を感じた。でしゃばるようなこともせず、だからと言って受け身でもない。先のことを見据え、他人のことを思いやっていた彼女。
初めて出会ったときに、彼女はクラウスに笑いかけてくれた。だが、それ以降、彼女の笑顔を見ることは無くなった。
なぜだろう。
『しかも、新しい薬もできたそうだしな。ベロテニアの者によく効く……』
国王の言葉で、クラウスははっと顔をあげた。
今日、初めて国王と目が合った。その目はにたにたと笑っている。
『何も今すぐとは言っていない。しっかりと準備をし、確実に彼女をこちらに取り戻す方法を考えろ』
クラウスは国王の言葉に、ゴクリと喉を鳴らす。
『くれぐれも、オグレン侯爵には知られないように動けよ?』
なぜですか、と言いかけて、クラウスはその言葉を飲み込んだ。
そういえばファンヌが言っていた。ファンヌは必要最小限の魔力しか保持していないが、兄のハンネスの魔力は強いということを。
――きっとお母様のお腹の中で、お兄様が全て魔力を奪っていったに違いないわ。
彼女がそんな冗談を口にしたのは、いつだったろう。
国王が懸念しているのは、ファンヌの兄であるハンネスだ。肩書は『王宮医療魔術師見習い』であったが、あの年で『国家医療魔術師』の試験に合格しているのだ。
そして、領地に戻ったオグレン一家を王都に連れ戻すことができないのは、あの領地が結界によって護られているからだ、という話も聞いた。その結界を維持しているのがハンネスだ。
さらに、王都の人々がオグレン領に流れているという話まで聞いてしまったら、気が気ではないだろう。
となれば、オグレン領にいない者を、王都に連れ戻した方がいろいろと効率的なのだ。
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