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第一章(1)
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ビネスタ国のギルマン魔法文化財研究所は、国や個人からの依頼を受け、魔法遺物の発掘調査、解析、遺物の整理、保存などを行っている。こういった文化財を扱う研究所は国内にいくつか存在するが、そのなかでもギルマン研究所は三十年前、国の研究施設から独立し、民間研究所として認められた第一号である。
研究所らしい角ばった建物は、数年前に外壁を塗り直したばかりだが、古い造りであるのに見た目だけは近代的で、魔法の残り香をまとわせた空気感が漂っていた。
先日、創立三十周年を迎え、それを機に所長が交代になった。引き継いだのは、前所長の息子であるテオドール。
前所長のランバルトは人当たりがよく、ユーモアに富んだ人物だった。
一方、息子のテオドールは真面目を絵に描いたような男である。年齢は三十二歳。研究所の所長を継ぐだけあり、経済力も申し分ない。
その容姿もまた目を引き、絹糸のようにしなやかな白銀の髪は短く切りそろえられ、新緑を思わせる碧眼、すっと通った鼻筋に形の整った艶やかな唇はまるで芸術品のよう。すらりとした体躯で、研究所の代表として壇上で論文を発表する姿は、誰もが息をのむほど美しい。
しかし、彼は独身だった。こんな見目麗しい男が伴侶に恵まれないのは、その性格に難があるからといってもいいだろう。とにかく、真面目すぎた。一部の女性からは観賞用とも揶揄されるほど。
ただギルマン研究所で働いている者たちは、そんな真面目なテオドールを昔から知っている人たちばかりなので、彼が所長になったところで、何も問題はなかった。
いや、問題があると思っているのは、彼に密かに想いを寄せているディアナ・カレントただ一人かもしれない。
(テオさんが所長になってしまった……)
これまで「テオさん」と気軽に名前で呼んでいたのに、所長になった今は「所長」と呼ばざるを得ない。呼び方一つで、彼との距離が広がった気がして、ディアナの胸は寂しさで締め付けられた。
ディアナは二十四歳。テオドールとは八歳年が離れているが、彼の恋愛対象の射程圏内に入っていると信じたい。珍しい水色の髪は、母親の祖父が南方の島国の出身で、そこの民族の血が色濃く出たからだ。褐色の目はきりっと引き締まっており、誠実な研究員という印象を与える。
ディアナ自身も、テオドールに想いを寄せるようになったのがいつからだったか、はっきり覚えていない。
学生時代、彼が外部講師という名目で講演する姿を見たのが最初の出会いだ。その内容が興味深くて、彼を追いかけていたのは事実。そのときはまだ尊敬という気持ちが強かった。
だから高等学校卒業後は、彼がいるギルマン魔法文化財研究所で働きたくて、魔法遺物に関する文献を読みあさった。テオドールが学校に来たときには、彼の論文片手に質問攻めにしたが、彼は文句一つ言わず、丁寧に答えてくれた。
その真摯な態度に、尊敬はいつしか敬愛に変化した。
目標を定めたディアナは猛勉強した。そもそも魔法遺物に興味を持っている人など少ない。つまり、同級生たちからは変人扱いされていたディアナだが、それに屈する性格でもない。
テオドールの側で働きたい。その熱い想いを心に秘め、さらにそれを実現させるためにも、ディアナは首席で高等学校を卒業した。となれば国立研究所(通称、国研)からも誘いを受けたわけだが、気持ちは変わらなかった。
――ギルマン魔法文化財研究所で働きたい! いや、テオドールさんと一緒に働きたい!!
見事、その願いを叶え、念願のギルマン魔法文化財研究所に入所し、埋蔵魔術文化財発掘調査員として働き六年。テオドールに対するディアナの気持ちは敬愛からいつの間にか恋に変化していた。
だというのに、ここにきてテオドールとの関係は「同僚」から「上司と部下」に変わってしまったのだ。
「……はぁ」
一歩進んだと思えば、五歩後退したようなテオドールとの距離。
それを嘆き、ディアナが小さくため息をつくと、同じ研究員で隣の席のサラが声をかけてきた。
ちなみにギルマンの研究所では、埋蔵魔術文化財発掘調査員を単に「研究員」とも呼んでいる。理由は、正式名称が長いからだ。
研究所らしい角ばった建物は、数年前に外壁を塗り直したばかりだが、古い造りであるのに見た目だけは近代的で、魔法の残り香をまとわせた空気感が漂っていた。
先日、創立三十周年を迎え、それを機に所長が交代になった。引き継いだのは、前所長の息子であるテオドール。
前所長のランバルトは人当たりがよく、ユーモアに富んだ人物だった。
一方、息子のテオドールは真面目を絵に描いたような男である。年齢は三十二歳。研究所の所長を継ぐだけあり、経済力も申し分ない。
その容姿もまた目を引き、絹糸のようにしなやかな白銀の髪は短く切りそろえられ、新緑を思わせる碧眼、すっと通った鼻筋に形の整った艶やかな唇はまるで芸術品のよう。すらりとした体躯で、研究所の代表として壇上で論文を発表する姿は、誰もが息をのむほど美しい。
しかし、彼は独身だった。こんな見目麗しい男が伴侶に恵まれないのは、その性格に難があるからといってもいいだろう。とにかく、真面目すぎた。一部の女性からは観賞用とも揶揄されるほど。
ただギルマン研究所で働いている者たちは、そんな真面目なテオドールを昔から知っている人たちばかりなので、彼が所長になったところで、何も問題はなかった。
いや、問題があると思っているのは、彼に密かに想いを寄せているディアナ・カレントただ一人かもしれない。
(テオさんが所長になってしまった……)
これまで「テオさん」と気軽に名前で呼んでいたのに、所長になった今は「所長」と呼ばざるを得ない。呼び方一つで、彼との距離が広がった気がして、ディアナの胸は寂しさで締め付けられた。
ディアナは二十四歳。テオドールとは八歳年が離れているが、彼の恋愛対象の射程圏内に入っていると信じたい。珍しい水色の髪は、母親の祖父が南方の島国の出身で、そこの民族の血が色濃く出たからだ。褐色の目はきりっと引き締まっており、誠実な研究員という印象を与える。
ディアナ自身も、テオドールに想いを寄せるようになったのがいつからだったか、はっきり覚えていない。
学生時代、彼が外部講師という名目で講演する姿を見たのが最初の出会いだ。その内容が興味深くて、彼を追いかけていたのは事実。そのときはまだ尊敬という気持ちが強かった。
だから高等学校卒業後は、彼がいるギルマン魔法文化財研究所で働きたくて、魔法遺物に関する文献を読みあさった。テオドールが学校に来たときには、彼の論文片手に質問攻めにしたが、彼は文句一つ言わず、丁寧に答えてくれた。
その真摯な態度に、尊敬はいつしか敬愛に変化した。
目標を定めたディアナは猛勉強した。そもそも魔法遺物に興味を持っている人など少ない。つまり、同級生たちからは変人扱いされていたディアナだが、それに屈する性格でもない。
テオドールの側で働きたい。その熱い想いを心に秘め、さらにそれを実現させるためにも、ディアナは首席で高等学校を卒業した。となれば国立研究所(通称、国研)からも誘いを受けたわけだが、気持ちは変わらなかった。
――ギルマン魔法文化財研究所で働きたい! いや、テオドールさんと一緒に働きたい!!
見事、その願いを叶え、念願のギルマン魔法文化財研究所に入所し、埋蔵魔術文化財発掘調査員として働き六年。テオドールに対するディアナの気持ちは敬愛からいつの間にか恋に変化していた。
だというのに、ここにきてテオドールとの関係は「同僚」から「上司と部下」に変わってしまったのだ。
「……はぁ」
一歩進んだと思えば、五歩後退したようなテオドールとの距離。
それを嘆き、ディアナが小さくため息をつくと、同じ研究員で隣の席のサラが声をかけてきた。
ちなみにギルマンの研究所では、埋蔵魔術文化財発掘調査員を単に「研究員」とも呼んでいる。理由は、正式名称が長いからだ。
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