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8.夫の葛藤(1)
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ハバリー国、国境の街ガイロ。ここには、主にスワン族が住んでいたが、ハバリー国となって十年以上が経ち、人々の行き来もあって、スワン族もばらばらとなりガイロの人口の三分の一以下になってしまった。
アーネストがガイロの街へ来て十二年。つまり、オレリアと結婚して十二年が経ったわけだが、彼女とはあれから一度も顔を合わせていない。
いや、厳密に言えば、アーネストは一度だけオレリアに会いに行った。だけど彼女と言葉を交わしたわけではないし、オレリアはアーネストに気づいてもいない。アーネストがこっそりと遠くから見つめただけ。だから、互いに顔を合わせてはいない。
アーネストがオレリアに会に行ったのは二年前――彼女が十八歳になったときである。
ハバリー国では十八歳で成人とみなされる。
そのころ、ガイロの街の情勢はわりかし落ち着いており、アーネストの部下が『留守はまかせてください』と胸を張ったのもきっかけだった。
ガイロから首都サランまではどんなに急いでも三日はかかる。
幼い少女だった彼女が、どのような女性に成長したのか。
逸る気持ちとともに早馬を走らせて、ラフォン城へと向かう。
なんとかオレリアの誕生パーティーに間に合ったようで、見張りの兵に軽く挨拶をしてすぐに会場の大広間へ足を運ぼうとしたが、他の者に見つかるのを避けて、庭園側からまわることにした。庭園からバルコニーへと続く階段をあがり、そこからこっそりと大広間を見渡す。
パーティーはすでに始まっており、外まで楽団の奏でる音楽が聞こえてきた。
広間の中央では深紅のドレスの裾を翻しながら、楽しそうに踊っている女性の姿に思わず目を奪われる。
オレリアだった。夜明けのような明るい髪の女性は彼女しかいない。
曙色の髪はすっきりと結い上げられ、一段と大人びた表情を見せる。身体のラインを強調したドレスであるものの、スカート部分にはバラの花をあしらった飾りがいくつも縫い付けられていた。
そういえば、彼女の母親が花の国とも呼ばれるシーニー国の生まれであったことを思い出す。
出会ったときのような無垢な笑顔とは言えないが、相手を見つめるオレリアは、小ぶりの花がたくさん咲いたように、かわいらしく微笑んでいた。
踊っていた相手はダスティンであったものの、アーネストの心にはぽつんと黒い染みが広がっていくような暗い気持ちになる。
オレリアが成人したため、デンスはこれを機に彼女の後見人から降りるはず。これからは、彼女の意思によって物事を判断できるようになるのだ。だから、彼女が誰と踊ろうとかまわないはずなのに――
知らぬうちに握りしめていた拳は、爪が手のひらに食い込むほど。
ふと、大きな窓に写った自身の姿が目に入る。早馬を飛ばしてきたため、髪も乱れており軍服もよれよれだった。しかもこの軍服は、正装用ではない。
これでは華やかな彼女の隣に経つ者として、相応しい姿をしているとは言えない。
彼女は大人になったばかり。
近頃のアーネストは、体力の衰えすら感じるようになった。若かりし頃の名声によって、今でも将軍と呼ばれる地位にいるものの、それもあと数年で後任に譲りたい。
オレリアはこれから花を咲かせる女性。そしてアーネストはすでに花は咲き終わり、あとは枯れるだけ。
ダスティンと踊り終えた彼女は、他の男性に誘われて踊り始める。
その男は、アーネストも知らない男。年はアーネストよりもだいぶ若いだろう。
保護したひな鳥が飛び立つ瞬間に立ち会った気分である。そして飛び立った先に、彼女に似合うような、彼女と同じ年頃の男性がいるにちがいない。
アーネストがガイロの街へ来て十二年。つまり、オレリアと結婚して十二年が経ったわけだが、彼女とはあれから一度も顔を合わせていない。
いや、厳密に言えば、アーネストは一度だけオレリアに会いに行った。だけど彼女と言葉を交わしたわけではないし、オレリアはアーネストに気づいてもいない。アーネストがこっそりと遠くから見つめただけ。だから、互いに顔を合わせてはいない。
アーネストがオレリアに会に行ったのは二年前――彼女が十八歳になったときである。
ハバリー国では十八歳で成人とみなされる。
そのころ、ガイロの街の情勢はわりかし落ち着いており、アーネストの部下が『留守はまかせてください』と胸を張ったのもきっかけだった。
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幼い少女だった彼女が、どのような女性に成長したのか。
逸る気持ちとともに早馬を走らせて、ラフォン城へと向かう。
なんとかオレリアの誕生パーティーに間に合ったようで、見張りの兵に軽く挨拶をしてすぐに会場の大広間へ足を運ぼうとしたが、他の者に見つかるのを避けて、庭園側からまわることにした。庭園からバルコニーへと続く階段をあがり、そこからこっそりと大広間を見渡す。
パーティーはすでに始まっており、外まで楽団の奏でる音楽が聞こえてきた。
広間の中央では深紅のドレスの裾を翻しながら、楽しそうに踊っている女性の姿に思わず目を奪われる。
オレリアだった。夜明けのような明るい髪の女性は彼女しかいない。
曙色の髪はすっきりと結い上げられ、一段と大人びた表情を見せる。身体のラインを強調したドレスであるものの、スカート部分にはバラの花をあしらった飾りがいくつも縫い付けられていた。
そういえば、彼女の母親が花の国とも呼ばれるシーニー国の生まれであったことを思い出す。
出会ったときのような無垢な笑顔とは言えないが、相手を見つめるオレリアは、小ぶりの花がたくさん咲いたように、かわいらしく微笑んでいた。
踊っていた相手はダスティンであったものの、アーネストの心にはぽつんと黒い染みが広がっていくような暗い気持ちになる。
オレリアが成人したため、デンスはこれを機に彼女の後見人から降りるはず。これからは、彼女の意思によって物事を判断できるようになるのだ。だから、彼女が誰と踊ろうとかまわないはずなのに――
知らぬうちに握りしめていた拳は、爪が手のひらに食い込むほど。
ふと、大きな窓に写った自身の姿が目に入る。早馬を飛ばしてきたため、髪も乱れており軍服もよれよれだった。しかもこの軍服は、正装用ではない。
これでは華やかな彼女の隣に経つ者として、相応しい姿をしているとは言えない。
彼女は大人になったばかり。
近頃のアーネストは、体力の衰えすら感じるようになった。若かりし頃の名声によって、今でも将軍と呼ばれる地位にいるものの、それもあと数年で後任に譲りたい。
オレリアはこれから花を咲かせる女性。そしてアーネストはすでに花は咲き終わり、あとは枯れるだけ。
ダスティンと踊り終えた彼女は、他の男性に誘われて踊り始める。
その男は、アーネストも知らない男。年はアーネストよりもだいぶ若いだろう。
保護したひな鳥が飛び立つ瞬間に立ち会った気分である。そして飛び立った先に、彼女に似合うような、彼女と同じ年頃の男性がいるにちがいない。
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