50 / 68
15.初デート(1)
しおりを挟む
アーネストと初デートの約束を取り付けたオレリアは、その日が来るのを指折り数えていた。
結婚前も、結婚した後も、アーネストと二人きりで出かけたことはない。
その日は、いつもより早く目が覚めた。アーネストと二人で暮らすようになって十日が経ったけれども、残念ながら今でも二人は別の部屋で寝ている。
エプロンドレスに着替えてキッチンへと向かうと、いつもより少しだけひんやりとした空気が出迎えてくれた。昨夜のうちに丸めていたパン生地を、オーブンの中へと入れる。普段と同じ作業をしているのに、時間が違うというだけで心が躍る気持ちになるのが不思議だった。
「……早いな」
キッチンの入り口の扉を開け、壁に寄りかかるような仕草でアーネストがこちらを見ていた。
「おはようございます、アーネストさま」
「おはよう。今日は、いつもより早いのではないか?」
「だって。今日はアーネストさまと初めてのデートの日ですもの」
「そうか。俺は少し、身体を動かしてくる」
アーネストと共に暮らすようになって知ったことの一つが、彼は毎朝、朝食の前に庭で身体を動かすのが日課であるということ。アーネストのように軍の上の役職についてしまうと、身体を動かすよりも事務的な仕事が多くなるらしい。ひどいときは、一日中、執務室にこもりっぱなしの日もあるとか。だから、自主的に身体を鍛えている。こんな休みの日くらい、ゆっくりすればいいのにとオレリアは思うのだが、毎日の積み重ねらしい。
そういった真面目なところを知って、より好ましく思う。
キッチンにはパンの焼ける香ばしいにおいが漂ってきた。それから豆と鶏肉のスープと野菜サラダを作る。パンが焼けたら、粗熱を取って、ソースにつけたソーセージと野菜を挟む。
「美味そうだな」
いつの間にか、汗を流したアーネストが後ろに立っていた。襟足が少しだけ濡れており、肩にかけたタオルにしずくが滴る。微かな石けんの香りが、表現しがたい色気を放つ。
ドキリと胸が高鳴った。いつもと違うアーネストの姿を目にするたびに、オレリアの心臓はうるさくなる。
「アーネストさま。髪がまだ濡れておりますよ。これでは、風邪をひいてしまいます」
タオルを奪い取って、濡れている髪をやさしく拭う。
「なるほど。髪を濡らしたままでいれば、オレリアがこうやって世話を焼いてくれるんだな」
鼻先がくっつくくらいに顔を近づけられ、今度は心臓がドキドキと速くなる。
「あ……アーネストさま。ミルコ族は自分のことは自分でするが基本ですよね」
手にしていたタオルをアーネストの頭にぽふっとかけたオレリアに、アーネストは笑いかける。
「自分のことは自分でやるが、家族のことを家族で助けるのもミルコ族だ」
頭をオレリアに寄せて、拭いてくれと言っているかのようにも見えた。
「わたし、ご飯の準備がありますから。アーネストさまも、身体を動かしてお腹が空きましたよね」
「残念。逃げられたな」
アーネストは髪を拭いてから、席についた。オレリアはせっせとテーブルの上に朝食を並べる。
「オレリア、今日はどこを見てみたい?」
アーネストはソーセージを挟んだパンを、手づかみで豪快に食べる。
「どこ、と言われましても、よくわかりません。実は、働いていた食堂と三区の家くらいしか行き来をしていなくて」
「一人で暮らしていたとき、お前の食事はどうしていたんだ?」
「あ、はい。食堂ですからまかないがありましたし。それ以外でも、必要な食材は食堂から分けてもらえたので」
こちらに移ってからは、敷地内に商人が必要な物を定期的に売りにくるため、やはり街の中を出歩く必要がない。あまり街の中を一人で出歩かないようにと、ダスティンからも言われていたので、それはそれで助かっているのだが。
「今日は、アーネストさまと一緒だから、どこでも行けますね」
オレリアの言葉にアーネストは戸惑いつつも「そうだな」と言った。
朝食を終え、片付けをしてから、オレリアは着替える。せっかくのアーネストとのお出かけである。少しでもかわいい姿を見せたいというのが女心。だけど、ガイロの街を歩いているときは、アーネストがアーネストと知られるのはよくないらしい。つまり、お忍びと呼ばれるような、そのような形で出かけたいとのことだった。
やはり、軍人としてのアーネストは、ガイロの街でも有名人なのだろう。
結婚前も、結婚した後も、アーネストと二人きりで出かけたことはない。
その日は、いつもより早く目が覚めた。アーネストと二人で暮らすようになって十日が経ったけれども、残念ながら今でも二人は別の部屋で寝ている。
エプロンドレスに着替えてキッチンへと向かうと、いつもより少しだけひんやりとした空気が出迎えてくれた。昨夜のうちに丸めていたパン生地を、オーブンの中へと入れる。普段と同じ作業をしているのに、時間が違うというだけで心が躍る気持ちになるのが不思議だった。
「……早いな」
キッチンの入り口の扉を開け、壁に寄りかかるような仕草でアーネストがこちらを見ていた。
「おはようございます、アーネストさま」
「おはよう。今日は、いつもより早いのではないか?」
「だって。今日はアーネストさまと初めてのデートの日ですもの」
「そうか。俺は少し、身体を動かしてくる」
アーネストと共に暮らすようになって知ったことの一つが、彼は毎朝、朝食の前に庭で身体を動かすのが日課であるということ。アーネストのように軍の上の役職についてしまうと、身体を動かすよりも事務的な仕事が多くなるらしい。ひどいときは、一日中、執務室にこもりっぱなしの日もあるとか。だから、自主的に身体を鍛えている。こんな休みの日くらい、ゆっくりすればいいのにとオレリアは思うのだが、毎日の積み重ねらしい。
そういった真面目なところを知って、より好ましく思う。
キッチンにはパンの焼ける香ばしいにおいが漂ってきた。それから豆と鶏肉のスープと野菜サラダを作る。パンが焼けたら、粗熱を取って、ソースにつけたソーセージと野菜を挟む。
「美味そうだな」
いつの間にか、汗を流したアーネストが後ろに立っていた。襟足が少しだけ濡れており、肩にかけたタオルにしずくが滴る。微かな石けんの香りが、表現しがたい色気を放つ。
ドキリと胸が高鳴った。いつもと違うアーネストの姿を目にするたびに、オレリアの心臓はうるさくなる。
「アーネストさま。髪がまだ濡れておりますよ。これでは、風邪をひいてしまいます」
タオルを奪い取って、濡れている髪をやさしく拭う。
「なるほど。髪を濡らしたままでいれば、オレリアがこうやって世話を焼いてくれるんだな」
鼻先がくっつくくらいに顔を近づけられ、今度は心臓がドキドキと速くなる。
「あ……アーネストさま。ミルコ族は自分のことは自分でするが基本ですよね」
手にしていたタオルをアーネストの頭にぽふっとかけたオレリアに、アーネストは笑いかける。
「自分のことは自分でやるが、家族のことを家族で助けるのもミルコ族だ」
頭をオレリアに寄せて、拭いてくれと言っているかのようにも見えた。
「わたし、ご飯の準備がありますから。アーネストさまも、身体を動かしてお腹が空きましたよね」
「残念。逃げられたな」
アーネストは髪を拭いてから、席についた。オレリアはせっせとテーブルの上に朝食を並べる。
「オレリア、今日はどこを見てみたい?」
アーネストはソーセージを挟んだパンを、手づかみで豪快に食べる。
「どこ、と言われましても、よくわかりません。実は、働いていた食堂と三区の家くらいしか行き来をしていなくて」
「一人で暮らしていたとき、お前の食事はどうしていたんだ?」
「あ、はい。食堂ですからまかないがありましたし。それ以外でも、必要な食材は食堂から分けてもらえたので」
こちらに移ってからは、敷地内に商人が必要な物を定期的に売りにくるため、やはり街の中を出歩く必要がない。あまり街の中を一人で出歩かないようにと、ダスティンからも言われていたので、それはそれで助かっているのだが。
「今日は、アーネストさまと一緒だから、どこでも行けますね」
オレリアの言葉にアーネストは戸惑いつつも「そうだな」と言った。
朝食を終え、片付けをしてから、オレリアは着替える。せっかくのアーネストとのお出かけである。少しでもかわいい姿を見せたいというのが女心。だけど、ガイロの街を歩いているときは、アーネストがアーネストと知られるのはよくないらしい。つまり、お忍びと呼ばれるような、そのような形で出かけたいとのことだった。
やはり、軍人としてのアーネストは、ガイロの街でも有名人なのだろう。
462
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる