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「お疲れさまでした」
その言葉と共に書き上げた報告書を手にして、アルベティーナは席を立った。
「お疲れ」
「またな」
エルッキとセヴェリの妹という認識もされているからだろう。仲間の騎士たちからかけられる言葉は、決まりきったものだ。父であるコンラードの影響も大きいのかもしれない。彼女に卑猥な言葉をかけたり手を出したりしたら、その先にあるのはヘドマン一族の報復であると、水面下で噂になっていると教えてくれたのはイリダルだった。逆にその噂で男女の噂が立つようなことはないのだから、ある意味それには感謝だ。
騎士の間を出たアルベティーナが向かった先は、ルドルフの執務室。彼が不在であれば扉のポケットにこの報告書を入れてさっさと帰る。だが、もし在室していたら――。
コンコンコンと手の甲で扉を叩く。返事があるか、無いか。アルベティーナは静かに目を閉じた。心の中で十だけ数える。この間に返事が無ければ報告書を扉のポケットにつっこんで、さっさと帰ろう。いや、もう今すぐにでもそうしてしまおう、と報告書をポケットに入れようとしたとき。
「開いている……」
間違いなくルドルフの声だ。彼に会いたいと思ってこの場に来たはずなのに、いざ会おうとすると手が震えていた。だが、先に名を名乗るべきであることに気付く。
「アルベティーナ・ヘドマンです。本日の任務の報告書をお持ちしました」
このとき、ルドルフから戻ってくる言葉には二種類ある。『入れ』か『そこに置いていけ』。これはイリダルから教えてもらったことでもある。
ルドルフから『入れ』と言われたらすぐに執務室に入り、報告書を手渡す。『そこに置いていけ』と言われたら、報告書を扉のポケットに入れ、「失礼します」と言って立ち去る。それ以外の行動をとればどうなるかわからない、というのがイリダルからの追加情報でもあった。
だからアルベティーナはルドルフからの言葉を待っていた。
「入れ」
その言葉が返ってきたとき、彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。
「し、失礼します」
恐らく声は震えていただろう。不自然に裏返っていたかもしれない。
アルベティーナが扉を引いてルドルフの執務室に足を踏み入れた。そのまま真っすぐルドルフの元まで歩き、黙って報告書を手渡す。ルドルフの手にそれが渡った時に、アルベティーナは手を引くべきであった。だが、なぜか報告書から手を離すことができなかった。ルドルフが怪訝そうにアルベティーナを見上げてくる。眉間に皺を寄せているその姿は、アルベティーナを睨んでいるように見えなくもない。
「手を離せ。報告書を出しにきたんだろ?」
「あ。はい。申し訳ありません」
ルドルフから指摘され、彼女はパッと報告書から手を離した。
「あの、団長」
アルベティーナが声をかけると、ルドルフはいぶかしげな視線を向けてきた。いつもであれば、どこかに笑みが隠されている視線であるはずなのに、今日に限ってそれが無い。
「なんだ」
「あの、一昨日はご迷惑をおかけしたようで。申し訳ありませんでした」
アルベティーナが深々と頭を下げた。ルドルフからは何の言葉も返ってこない。アルベティーナは彼から言葉をかけられるまではこのままでいるつもりだった。恐らく彼もそれに気付いたのだろう。
「頭をあげろ」
ほっと軽く息を吐いたアルベティーナは頭をあげて、ルドルフを見つめた。やはり彼の顔はどこか不機嫌のようにも見える。
「一昨日の件は、よくやった。お前のおかげで、あれに関わっていた大半の人間を取り押さえることができた」
「あ、はい……。ですが、私。団長にご迷惑をおかけしたかと」
ルドルフがぴくりと片眉を震わせる。
「気にするな。と言っても、お前は気にするんだろう?」
「え、と。まあ、はい。少しは気にしています」
「少し気にするくらいなら、気にするな。お前のあげた功績の方がでかい。まあ、その分、騎士団の仕事は増えたがな」
「あ、申し訳ございません」
再びアルベティーナが深く頭を下げた。
その言葉と共に書き上げた報告書を手にして、アルベティーナは席を立った。
「お疲れ」
「またな」
エルッキとセヴェリの妹という認識もされているからだろう。仲間の騎士たちからかけられる言葉は、決まりきったものだ。父であるコンラードの影響も大きいのかもしれない。彼女に卑猥な言葉をかけたり手を出したりしたら、その先にあるのはヘドマン一族の報復であると、水面下で噂になっていると教えてくれたのはイリダルだった。逆にその噂で男女の噂が立つようなことはないのだから、ある意味それには感謝だ。
騎士の間を出たアルベティーナが向かった先は、ルドルフの執務室。彼が不在であれば扉のポケットにこの報告書を入れてさっさと帰る。だが、もし在室していたら――。
コンコンコンと手の甲で扉を叩く。返事があるか、無いか。アルベティーナは静かに目を閉じた。心の中で十だけ数える。この間に返事が無ければ報告書を扉のポケットにつっこんで、さっさと帰ろう。いや、もう今すぐにでもそうしてしまおう、と報告書をポケットに入れようとしたとき。
「開いている……」
間違いなくルドルフの声だ。彼に会いたいと思ってこの場に来たはずなのに、いざ会おうとすると手が震えていた。だが、先に名を名乗るべきであることに気付く。
「アルベティーナ・ヘドマンです。本日の任務の報告書をお持ちしました」
このとき、ルドルフから戻ってくる言葉には二種類ある。『入れ』か『そこに置いていけ』。これはイリダルから教えてもらったことでもある。
ルドルフから『入れ』と言われたらすぐに執務室に入り、報告書を手渡す。『そこに置いていけ』と言われたら、報告書を扉のポケットに入れ、「失礼します」と言って立ち去る。それ以外の行動をとればどうなるかわからない、というのがイリダルからの追加情報でもあった。
だからアルベティーナはルドルフからの言葉を待っていた。
「入れ」
その言葉が返ってきたとき、彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。
「し、失礼します」
恐らく声は震えていただろう。不自然に裏返っていたかもしれない。
アルベティーナが扉を引いてルドルフの執務室に足を踏み入れた。そのまま真っすぐルドルフの元まで歩き、黙って報告書を手渡す。ルドルフの手にそれが渡った時に、アルベティーナは手を引くべきであった。だが、なぜか報告書から手を離すことができなかった。ルドルフが怪訝そうにアルベティーナを見上げてくる。眉間に皺を寄せているその姿は、アルベティーナを睨んでいるように見えなくもない。
「手を離せ。報告書を出しにきたんだろ?」
「あ。はい。申し訳ありません」
ルドルフから指摘され、彼女はパッと報告書から手を離した。
「あの、団長」
アルベティーナが声をかけると、ルドルフはいぶかしげな視線を向けてきた。いつもであれば、どこかに笑みが隠されている視線であるはずなのに、今日に限ってそれが無い。
「なんだ」
「あの、一昨日はご迷惑をおかけしたようで。申し訳ありませんでした」
アルベティーナが深々と頭を下げた。ルドルフからは何の言葉も返ってこない。アルベティーナは彼から言葉をかけられるまではこのままでいるつもりだった。恐らく彼もそれに気付いたのだろう。
「頭をあげろ」
ほっと軽く息を吐いたアルベティーナは頭をあげて、ルドルフを見つめた。やはり彼の顔はどこか不機嫌のようにも見える。
「一昨日の件は、よくやった。お前のおかげで、あれに関わっていた大半の人間を取り押さえることができた」
「あ、はい……。ですが、私。団長にご迷惑をおかけしたかと」
ルドルフがぴくりと片眉を震わせる。
「気にするな。と言っても、お前は気にするんだろう?」
「え、と。まあ、はい。少しは気にしています」
「少し気にするくらいなら、気にするな。お前のあげた功績の方がでかい。まあ、その分、騎士団の仕事は増えたがな」
「あ、申し訳ございません」
再びアルベティーナが深く頭を下げた。
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