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その後、アルベティーナはシーグルードによって庭園へと連れ出された。
庭園をゆっくりと歩きながら、アルベティーナは考えていた。こうなっては騎士の仕事を続けるのは難しいのかもしれない。そう思うと少し寂しいし、途中で仕事を放棄してしまうことになる心苦しさもある。
「綺麗なところだろう?」
シーグルードは、俯いているアルベティーナを元気づけるかのように声をかけてきた。
「そうですね。ですがここ……」
アルベティーナには見覚えがあった。この庭園は、二年前、一人の女性が連れ去られようとしていた場所。
「やはり気付いたか。あのとき、君が回し蹴りを綺麗に決めた場所だな」
ふふっとシーグルードは笑っているが、アルベティーナは違う違和感を覚えていた。二年前は暗くてよくわからなかった。だけど今なら、なんとなく感じる。
(私、ここを知っている……)
「どうかしたのか?」
何かを考え込んでいるアルベティーナにシーグルードは声をかけた。彼女が今にも泣き出しそうに見えたからだ。
「あの……。私、ここ……、知っているような気がするのですが……」
「ティナ。無理に思い出す必要は無い。ここにはいろいろな花が咲いているだろう? 今日はそれを見に来たんだ。ただ、それだけだ」
「あ、はい……」
胸がぎゅうっと締め付けられるような思いがした。だけど、シーグルードがそう言ってくれたおかげで、少しだけ呼吸が楽になる。
庭園には彼の言葉の通り、色とりどりの花が咲いている。
「君は、この花が好きだよね」
風が吹くと心地よい空気が肌を撫でつけていく。庭園の中心には白い噴水がある。
そんな中、シーグルードが腰を折ってアルベティーナに見せたのは、赤い小ぶりの花だ。
「私……」
そう、アルベティーナはこの小さな花が好きだった。だが、なぜそれをシーグルードは知っているのか。
「どうして……」
その言葉しか出てこない。
「なぜシーグルード様はご存知なのですか? 私の好きなものを」
「私が君のことを好きだから、だろうね。好きな人の好きなものは知りたい」
「もしかして。エルッキお兄さまから聞いているのですか?」
「さあ?」
そこで彼は首を傾げた。アルベティーナが核心に触れようとすると、シーグルードはこうやって誤魔化そうとする。
すとん、とアルベティーナの中で何かが落ちた。
(シーグルード様だけではない。みんな、私に何かを隠している……。お父さまもお母さまも……。王妃様も……。みんな……)
「シーグルード様、少し一人にしていただいてもいいですか?」
アルベティーナがそう口にしたにも理由があった。何しろ、昨日の夜から彼女の側にはずっとシーグルードがいるのだ。
「ティナ……」
シーグルードは静かに彼女の名を呼んだ。
「少し、考える時間をください」
それがアルベティーナの本音だった。ルドルフだと思っていた人物は実はシーグルードで、気持ちを伝えたものの、とんとん拍子に婚約者にとまで迫られて、彼の両親にまで挨拶をしてしまい。とにかく、気持ちを整理したかった。
好きな相手だったとしても、アルベティーナの心境は複雑なのだ。恐らく、シーグルードもそれに気付いたのだろう。「悪かった」と言葉までは口にしないものの、申し訳なさそうに顔を歪ませていた。
「わかった。私は少し離れた場所にいるから。君は、昔からこの場所が好きだったんだ」
アルベティーナにとって、ところどころ引っ掛かりを感じるのは、シーグルードも王妃も、昔から彼女のことを知っているような言葉を口にすることだ。
シーグルードはゆっくりとその場から離れていく。それでも何度も何度も振り返ってくるのは、アルベティーナがそこにいることを確認するためだろう。
アルベティーナはドレスが汚れるのも気にせずに、その場にしゃがみ込んだ。
この庭園はどこか懐かしい。あの回し蹴り事件が起こったから懐かしいのではなく、もっと前にここに訪れたことがある。そんな気分にさえなる。
風が吹き付ければ、花もさわわと揺れる。庭園の真ん中にある白い噴水からはチロチロと水が流れ、庭園の隅々に水を行き渡らせている。
庭園をゆっくりと歩きながら、アルベティーナは考えていた。こうなっては騎士の仕事を続けるのは難しいのかもしれない。そう思うと少し寂しいし、途中で仕事を放棄してしまうことになる心苦しさもある。
「綺麗なところだろう?」
シーグルードは、俯いているアルベティーナを元気づけるかのように声をかけてきた。
「そうですね。ですがここ……」
アルベティーナには見覚えがあった。この庭園は、二年前、一人の女性が連れ去られようとしていた場所。
「やはり気付いたか。あのとき、君が回し蹴りを綺麗に決めた場所だな」
ふふっとシーグルードは笑っているが、アルベティーナは違う違和感を覚えていた。二年前は暗くてよくわからなかった。だけど今なら、なんとなく感じる。
(私、ここを知っている……)
「どうかしたのか?」
何かを考え込んでいるアルベティーナにシーグルードは声をかけた。彼女が今にも泣き出しそうに見えたからだ。
「あの……。私、ここ……、知っているような気がするのですが……」
「ティナ。無理に思い出す必要は無い。ここにはいろいろな花が咲いているだろう? 今日はそれを見に来たんだ。ただ、それだけだ」
「あ、はい……」
胸がぎゅうっと締め付けられるような思いがした。だけど、シーグルードがそう言ってくれたおかげで、少しだけ呼吸が楽になる。
庭園には彼の言葉の通り、色とりどりの花が咲いている。
「君は、この花が好きだよね」
風が吹くと心地よい空気が肌を撫でつけていく。庭園の中心には白い噴水がある。
そんな中、シーグルードが腰を折ってアルベティーナに見せたのは、赤い小ぶりの花だ。
「私……」
そう、アルベティーナはこの小さな花が好きだった。だが、なぜそれをシーグルードは知っているのか。
「どうして……」
その言葉しか出てこない。
「なぜシーグルード様はご存知なのですか? 私の好きなものを」
「私が君のことを好きだから、だろうね。好きな人の好きなものは知りたい」
「もしかして。エルッキお兄さまから聞いているのですか?」
「さあ?」
そこで彼は首を傾げた。アルベティーナが核心に触れようとすると、シーグルードはこうやって誤魔化そうとする。
すとん、とアルベティーナの中で何かが落ちた。
(シーグルード様だけではない。みんな、私に何かを隠している……。お父さまもお母さまも……。王妃様も……。みんな……)
「シーグルード様、少し一人にしていただいてもいいですか?」
アルベティーナがそう口にしたにも理由があった。何しろ、昨日の夜から彼女の側にはずっとシーグルードがいるのだ。
「ティナ……」
シーグルードは静かに彼女の名を呼んだ。
「少し、考える時間をください」
それがアルベティーナの本音だった。ルドルフだと思っていた人物は実はシーグルードで、気持ちを伝えたものの、とんとん拍子に婚約者にとまで迫られて、彼の両親にまで挨拶をしてしまい。とにかく、気持ちを整理したかった。
好きな相手だったとしても、アルベティーナの心境は複雑なのだ。恐らく、シーグルードもそれに気付いたのだろう。「悪かった」と言葉までは口にしないものの、申し訳なさそうに顔を歪ませていた。
「わかった。私は少し離れた場所にいるから。君は、昔からこの場所が好きだったんだ」
アルベティーナにとって、ところどころ引っ掛かりを感じるのは、シーグルードも王妃も、昔から彼女のことを知っているような言葉を口にすることだ。
シーグルードはゆっくりとその場から離れていく。それでも何度も何度も振り返ってくるのは、アルベティーナがそこにいることを確認するためだろう。
アルベティーナはドレスが汚れるのも気にせずに、その場にしゃがみ込んだ。
この庭園はどこか懐かしい。あの回し蹴り事件が起こったから懐かしいのではなく、もっと前にここに訪れたことがある。そんな気分にさえなる。
風が吹き付ければ、花もさわわと揺れる。庭園の真ん中にある白い噴水からはチロチロと水が流れ、庭園の隅々に水を行き渡らせている。
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