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 その日アルベティーナは、苦手なコルセットで身体を絞めつけられ、紺色の煌々と輝くドレスを着せられた。普段は淡い色のドレスを身に纏うことが多いアルベティーナであるが、こういった色合いも似合うだろうとシーグルードが口にしたのがきっかけだった。
(私ではないみたい……)
 髪を結い上げようとすると、染め粉で染めていた赤茶の髪の色が薄くなっていることに気付いた。前に染めてから、どれくらいが経っただろうか。一か月くらいか、それ以上か。
 彼女の身支度を手伝った侍女も、それに気付いたのだろう。結い上げるのをやめ、できるだけ髪の根元が見えないように気遣ってくれた。
「あの……。シーグルード様……」
 アルベティーナは髪色の件を彼に伝えようかどうかを迷っていた。今までは部屋に閉じこもり、必要な教育を受けるときしか部屋から出なかった。だから、さほど気にもならなかったのだ。
 だが、こうやって厳かなドレスに身を包み、鏡の前に立ってしまうと気になる人にとっては気になってしまう髪色。それでも近づいてじっくりと見なければ気付かないだろう。
「髪の毛、変ではありませんか?」
 そう尋ねるのが、アルベティーナにとっては精一杯だった。
(髪の色を染めていること……、シーグルート様にもお伝えしなければ、ならないわよね。でもまだ、なんて言ったらいいか、わからない)
「うん、大丈夫だ。似合っているよ」
 シーグルードが見せる笑顔が、アルベティーナの心を掻き乱す。
「そろそろ時間だ。行こうか」
 シーグルードが差し出してきた腕をとった。
 彼と共に向かった先は、サロンだ。幾度となく足を踏み入れたこの部屋は、床から天井まで続く大きな窓が外からの光を取り入れてくれる。
 サロンに入った瞬間、白んだ光に目を細める。だが、その前に立っているのがアルベティーナの両親であれば、今すぐにでも抱き着きたい衝動に駆られる。シーグルードもそれに気づいたのだろう。
「ティナ、行っておいで」
 アルベティーナの手を離し、背を押す。驚いた彼女はシーグルードに視線を向けた。だが彼は微笑んでいる。その笑顔にも背中を押されるようにして、アルベティーナはアンヌッカに抱き着いた。
「お父さま、お母さま……」
「あらあら。しばらく見ない間に、ティーナは甘えん坊さんになってしまったみたいね」
 アンヌッカの胸元に顔を埋めたアルベティーナは、溢れてくる涙を堪えることができなかった。せっかく綺麗に整えてもらった髪や顔がぐしゃぐしゃになっても、涙が次々と溢れ出てくる。
 アンヌッカは優しくアルベティーナの背を撫でる。アルベティーナの嗚咽が落ち着いたところで「そろそろいいだろうか」という声が聞こえた。
 その声でアルベティーナは、ここに国王と王妃がいたことに気づく。
 ぐしゃぐしゃになった顔をあげると、すぐさまシーグルードがハンカチを差し出してきたため、それを手にして彼の元へと戻った。
 この場にいるのは国王と王妃、ヘドマン辺境伯夫妻、そして王太子であるシーグルードとアルベティーナ。
 これからどのような話し合いが行われるのかなど、容易に想像がつく。
 アルベティーナがシーグルードの婚約者として内定した話は、もちろんすぐさま領地にいるヘドマン夫妻にも連絡がいき、王城を訪れるべき日まできちんと指定してあったのだ。
 内定に至った経緯と『婚約の儀』について国王の口から淡々と説明される。コンラードは口を結んでその話を聞き、アンヌッカも時折アルベティーナの様子を確認しながら、話を聞いていた。
(私……。本当にシーグルード様と……)
 不安になって彼の方に顔を向けると、シーグルードは温かな眼差しでアルベティーナを見つめてくる。
「『婚約の儀』まで、アルベティーナは一度お屋敷に戻りましょう」
 そう発言したのは王妃だった。
「ですが」
 もちろん、それに反論しかけたのはシーグルード。
「アルベティーナはまだヘドマンの屋敷にいる身です。それを、無理矢理こちらに引き止めているのは誰かしら? 今は、ヘドマン伯も領地にいたから、アルベティーナをお預かりしている形をとっているのよ」
 王妃がピシャリと口にする。
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