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第七章(9)
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* * *
ラウルは久しぶりに王城に呼び出された。はっきりいって気が重い。できることなら逃げようと思ったくらいだが、それは相手にも読まれていた。
「迎えにきた。そうしなければ君はすぐに逃げるだろう?」
それは、執務室でヤゴル遺跡の調査における会計処理をまとめていたとき。ノック音とともに姿を現したのはイアンだった。
「相変わらず、俺のことをよくわかっている」
「それは、私のことを言っているのか? それとも陛下か?」
「どっちもどっちだ、宰相補佐官殿。おまえに来られたら、俺は逃げられない」
「だから、陛下もわざわざ私を使ったのだろう? ほら、立て。さっさと行くぞ」
イアンは駄々をこねかけたラウルの首根っこを捕まえる。
「今まで放っておいたくせに、なんで急に呼び出すんだ?」
渋々と立ち上がったラウルは、不機嫌そうに尋ねた。
「結婚を考えている女性がいるんじゃないのか? ものすご~く噂になっている」
「義父……伯爵には伝えてあるが……」
「そこから陛下の耳に入ったんだよ。あの人が浮かれて、言ったらしい。まぁ、君たちの仲のよさは……誰もが認めているが、やはり結婚となればまた別の話だろう?」
我が子のようにラウルを育ててくれた義父だ。呪いが解けたらすぐにリネットに結婚を申し込めるようにと、義父に根回ししたのが間違いだったのかもしれない。
「俺のことなんて、放っておいてくれればいいのに……」
「そうもいかないんだろう? 陛下は陛下なりに君のことを気にかけている」
さすがに人の目がある場所を、イアンに引きずられて歩くのは嫌だったので、渋々と彼の後ろをついていくことにした。
ラウルが連れていかれた先は、王城内の応接室だ。謁見室とは異なり、国王が近しい者と話をするときに使う部屋でもある。
豪奢なシャンデリアが天井からぶら下がり、天井には幾何学的な模様が描かれている。ラウルがもっとも苦手とする内装だ。壁紙にも金銀糸で蔦のような模様が描かれていて、落ち着かない。
しかも頼みの綱のイアンは、ラウルを部屋に連れてきただけで役目を終えたとでも言うように、そそくさと部屋を出ていった。
(裏切り者め)
心の中で叫んでみても、もちろんイアンへ届くわけがない。
「久しいな」
穏やかな声色で話しかけられ、ラウルも腹をくくった。
「ご無沙汰しております」
「楽にしなさい」
国王はテーブルを挟んで向かい側のソファに座るようにと言った。
「はぁ……」
気の抜けた返事をするラウルだが、なぜ今さら国王が呼び出したのかと、それだけが疑問だった。いくら結婚の話が出ていようが、彼には関係ないだろうと思っている。
侍従がやってきて、二人の前にお茶やお菓子を並べれば部屋を出ていく。だからといって、国王とラウルの二人きりではない。部屋のすみには第一騎士団が控えているから、ラウルが剣を抜けばすぐに彼らが取り押さえるだろう。
国王はそろそろ五十歳になると記憶している。ラウルより二十歳も年上なのだ。
「結婚を考えている女性がいると聞いた」
「そうですね」
「相手は魔法師だと? まぁ、公共の場で仲睦まじいという話は、私の耳にも届いていたが……」
リネットは、出会ったときから世話の焼ける女性だった。寝ない、食べない、動かないと不健康まっしぐらの生活を送っていたのだ。
「ブリタが言うには平民らしいな」
「そうですね」
「私がそなたの相手に、平民を認めると思うか?」
そこで国王はすごみを効かせてくる。まるで、ラウルの結婚を認めないとでも言うかのように。
「あなたには関係ありません。義父さえ認めてくれれば……」
「なるほど。では、伯爵には認めないようにと、私が言えばいいだけだ」
「俺の……いったい何が気に食わないのですか? 存在そのものですか? だったらあのとき、殺しておけばいいものを」
国王はラウルと同じ青い目を細くし、ふんと鼻で笑う。
「気に食わないのは帝国だ。そなたの想い人は帝国から逃げてきたのだろう?」
「あなたは、彼女をどこまで知っているんですか!」
「ふん。私はこの国の王だ。自国民の……まして魔法師であれば、すべてを知っている。スサのこともな」
間違いなく国王はリネットのことを知っている。彼女の境遇までも。
「ラウルよ。この国の魔法師は、今は自国民しか認めていない。他国の者をこの国の魔法師とすることはできない。その理由はわかるか?」
「いえ」
ラウルは即答した。
「少しは考える振りぐらいしなさい。まぁ、いい。この国の魔法師を他国に引き抜かれないようにするためだ。特に、帝国にな」
なるほど、と心の中で納得する。国王が言うように、例えばキサレータ帝国の者がセーナス王国の魔法師になったとしても、そのまま帝国に帰られたら、魔法師の知識や技術をごっそりと持っていかれる。それを防ぐための制度だと、国王は言っているのだ。
「彼女をスサの王女に戻すなら、そなたとの結婚を認めよう」
だがリネットの話を聞いているかぎりでは、彼女はスサ小国に戻りたいとは思っていないようだ。むしろ、この国で魔法師として骨を埋める覚悟でいる。
そんな彼女に、結婚したいから王女に戻ってくれと言えるだろうか。
ラウルは久しぶりに王城に呼び出された。はっきりいって気が重い。できることなら逃げようと思ったくらいだが、それは相手にも読まれていた。
「迎えにきた。そうしなければ君はすぐに逃げるだろう?」
それは、執務室でヤゴル遺跡の調査における会計処理をまとめていたとき。ノック音とともに姿を現したのはイアンだった。
「相変わらず、俺のことをよくわかっている」
「それは、私のことを言っているのか? それとも陛下か?」
「どっちもどっちだ、宰相補佐官殿。おまえに来られたら、俺は逃げられない」
「だから、陛下もわざわざ私を使ったのだろう? ほら、立て。さっさと行くぞ」
イアンは駄々をこねかけたラウルの首根っこを捕まえる。
「今まで放っておいたくせに、なんで急に呼び出すんだ?」
渋々と立ち上がったラウルは、不機嫌そうに尋ねた。
「結婚を考えている女性がいるんじゃないのか? ものすご~く噂になっている」
「義父……伯爵には伝えてあるが……」
「そこから陛下の耳に入ったんだよ。あの人が浮かれて、言ったらしい。まぁ、君たちの仲のよさは……誰もが認めているが、やはり結婚となればまた別の話だろう?」
我が子のようにラウルを育ててくれた義父だ。呪いが解けたらすぐにリネットに結婚を申し込めるようにと、義父に根回ししたのが間違いだったのかもしれない。
「俺のことなんて、放っておいてくれればいいのに……」
「そうもいかないんだろう? 陛下は陛下なりに君のことを気にかけている」
さすがに人の目がある場所を、イアンに引きずられて歩くのは嫌だったので、渋々と彼の後ろをついていくことにした。
ラウルが連れていかれた先は、王城内の応接室だ。謁見室とは異なり、国王が近しい者と話をするときに使う部屋でもある。
豪奢なシャンデリアが天井からぶら下がり、天井には幾何学的な模様が描かれている。ラウルがもっとも苦手とする内装だ。壁紙にも金銀糸で蔦のような模様が描かれていて、落ち着かない。
しかも頼みの綱のイアンは、ラウルを部屋に連れてきただけで役目を終えたとでも言うように、そそくさと部屋を出ていった。
(裏切り者め)
心の中で叫んでみても、もちろんイアンへ届くわけがない。
「久しいな」
穏やかな声色で話しかけられ、ラウルも腹をくくった。
「ご無沙汰しております」
「楽にしなさい」
国王はテーブルを挟んで向かい側のソファに座るようにと言った。
「はぁ……」
気の抜けた返事をするラウルだが、なぜ今さら国王が呼び出したのかと、それだけが疑問だった。いくら結婚の話が出ていようが、彼には関係ないだろうと思っている。
侍従がやってきて、二人の前にお茶やお菓子を並べれば部屋を出ていく。だからといって、国王とラウルの二人きりではない。部屋のすみには第一騎士団が控えているから、ラウルが剣を抜けばすぐに彼らが取り押さえるだろう。
国王はそろそろ五十歳になると記憶している。ラウルより二十歳も年上なのだ。
「結婚を考えている女性がいると聞いた」
「そうですね」
「相手は魔法師だと? まぁ、公共の場で仲睦まじいという話は、私の耳にも届いていたが……」
リネットは、出会ったときから世話の焼ける女性だった。寝ない、食べない、動かないと不健康まっしぐらの生活を送っていたのだ。
「ブリタが言うには平民らしいな」
「そうですね」
「私がそなたの相手に、平民を認めると思うか?」
そこで国王はすごみを効かせてくる。まるで、ラウルの結婚を認めないとでも言うかのように。
「あなたには関係ありません。義父さえ認めてくれれば……」
「なるほど。では、伯爵には認めないようにと、私が言えばいいだけだ」
「俺の……いったい何が気に食わないのですか? 存在そのものですか? だったらあのとき、殺しておけばいいものを」
国王はラウルと同じ青い目を細くし、ふんと鼻で笑う。
「気に食わないのは帝国だ。そなたの想い人は帝国から逃げてきたのだろう?」
「あなたは、彼女をどこまで知っているんですか!」
「ふん。私はこの国の王だ。自国民の……まして魔法師であれば、すべてを知っている。スサのこともな」
間違いなく国王はリネットのことを知っている。彼女の境遇までも。
「ラウルよ。この国の魔法師は、今は自国民しか認めていない。他国の者をこの国の魔法師とすることはできない。その理由はわかるか?」
「いえ」
ラウルは即答した。
「少しは考える振りぐらいしなさい。まぁ、いい。この国の魔法師を他国に引き抜かれないようにするためだ。特に、帝国にな」
なるほど、と心の中で納得する。国王が言うように、例えばキサレータ帝国の者がセーナス王国の魔法師になったとしても、そのまま帝国に帰られたら、魔法師の知識や技術をごっそりと持っていかれる。それを防ぐための制度だと、国王は言っているのだ。
「彼女をスサの王女に戻すなら、そなたとの結婚を認めよう」
だがリネットの話を聞いているかぎりでは、彼女はスサ小国に戻りたいとは思っていないようだ。むしろ、この国で魔法師として骨を埋める覚悟でいる。
そんな彼女に、結婚したいから王女に戻ってくれと言えるだろうか。
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