80 / 88
第八章(5)
しおりを挟む
街は賑やかな歓迎ムードに包まれている。
それでもリネットはいつもと変わらず研究室でため息をついた。
「またリネットが不細工になってる」
「もしかして、団長さんと会えていないの?」
エドガーは相変わらずだが、女性魔法師はリネットの心を理解している。
「まぁ、そうですね。でも、あの件があるので、朝だけは顔を合わせますが……」
そしてキスをしたら、彼はすぐに去っていくのだ。夜だって戻ってこない。
朝、リネットが目を覚ますだろう時間にやってきては、食事を持ってくる。そしてキスをして終わり。
人に三食きっちり食べろというラウルだが、彼はいつ食事をしているのだろうと思えるほど。
「っていうか、あの皇帝。どんだけいるつもり? もう五日目じゃん?」
エドガーが言うように、アルヴィスがセーナス王国にやってきて五日経った。一日目はアルヴィスをもてなした晩餐会が開かれたと聞いている。そこで彼が大げさに謝罪したらしいが、リネットは噂でしか聞いていないし、その噂の出所がエドガーなので、真偽も疑わしい。
「今夜は、国内の貴族たちも呼んで、パーティーらしいよ?」
そう言われても「そうなんですね」としか答えようがない。
「エドガー先輩は、いったいどこからそんな情報を仕入れてくるんですか?」
「師長だよ。しかも師長は、強制参加らしいよ? 今夜のパーティー」
毎朝、リネットたちの様子を見るために顔を出してくるブリタだが、特別な報告がなければ話すこともない。だというのに、エドガーはいつの間にかちゃっかり情報収集している。
「今日も団長さんは、夜、遅いのかな?」
ニヤリと笑うエドガーにぷいっと顔を背け、リネットは再び資料に視線を落とした。
部屋で一人で食べる夕食は味気ない。だからといって、パーティーなど華やかな場所で食事をしたいわけでもない。リネットが望むのはただ一人。
それでも彼は帰ってくることはできないだろう。特に今日は、国内の偉い人たちが集められているのだから。
アルヴィスがすぐそこまでやって来ている恐怖と、ラウルが側にいない寂しさと。その二つの気持ちに押しつぶされそうになる。
リネットが導き出した「毎日『おはようのキス』をしないと発情する呪い」の解呪方法。その方法が正しいのか最終検証を行っているが、目の前に並ぶ文字が滑って、頭の中に入ってこない。
心臓が変にバクバクと音を立てている。嫌な予感とでもいうのか。
こんなときは朝を流してさっぱりして、寝るしかない。
そう思って立ち上がれば、扉をノックする音が聞こえた。
コンコン、コンコン――。
ラウルであれば、ノックもせずに鍵を開けて入ってくるし、こんな時間にラウルが戻ってくるとも思えない。
誰だろうと思いつつ、リネットはそっと扉を開けた。
「あ、リネットさん。やっぱりこちらにいらしたんですね」
モアだった。こんな時間だというのに騎士服をビシッと身につけている。彼女もまだ仕事中なのだ。
「どうしました?」
「はい。あの……非常に言いにくいんですけども……ハリー団長が怪我をされまして……」
「え?」
一瞬、リネットの頭の中が真っ白になった。
「街中で暴動が起きたんです。帝国から逃げてきた難民が、パーティー会場に押し寄せてきて……」
それはラウルも懸念していたことだ。キサレータ帝国に不満を持つ者たちが結束して一つになれば、脅威になるだろうと。
「他にも怪我人がたくさん出て。私たちでは応急処置しかできないから、魔法師の方を呼んでこいって……」
だからモアがリネットを呼びに来たようだ。
しかもこの時間となれば、他の魔法師たちも自宅に戻っている。誰かが連絡を飛ばして、すぐに駆けつけたとしても、それなりに時間がかかる。
だったらその間、リネット一人でも治療に当たったほうがいい。
それにラウルの怪我というのは、どの程度のものなのか。
「わかりました。すぐに行きます」
リネットは魔法院のローブを羽織り、部屋を出た。
「あの……ラウルさんの怪我の具合というのは……」
「私も詳しくはわかっていなくて……。とにかく今、怪我人の治療のために、魔法師の方を――」
そこでリネットの意識は途切れた。
それでもリネットはいつもと変わらず研究室でため息をついた。
「またリネットが不細工になってる」
「もしかして、団長さんと会えていないの?」
エドガーは相変わらずだが、女性魔法師はリネットの心を理解している。
「まぁ、そうですね。でも、あの件があるので、朝だけは顔を合わせますが……」
そしてキスをしたら、彼はすぐに去っていくのだ。夜だって戻ってこない。
朝、リネットが目を覚ますだろう時間にやってきては、食事を持ってくる。そしてキスをして終わり。
人に三食きっちり食べろというラウルだが、彼はいつ食事をしているのだろうと思えるほど。
「っていうか、あの皇帝。どんだけいるつもり? もう五日目じゃん?」
エドガーが言うように、アルヴィスがセーナス王国にやってきて五日経った。一日目はアルヴィスをもてなした晩餐会が開かれたと聞いている。そこで彼が大げさに謝罪したらしいが、リネットは噂でしか聞いていないし、その噂の出所がエドガーなので、真偽も疑わしい。
「今夜は、国内の貴族たちも呼んで、パーティーらしいよ?」
そう言われても「そうなんですね」としか答えようがない。
「エドガー先輩は、いったいどこからそんな情報を仕入れてくるんですか?」
「師長だよ。しかも師長は、強制参加らしいよ? 今夜のパーティー」
毎朝、リネットたちの様子を見るために顔を出してくるブリタだが、特別な報告がなければ話すこともない。だというのに、エドガーはいつの間にかちゃっかり情報収集している。
「今日も団長さんは、夜、遅いのかな?」
ニヤリと笑うエドガーにぷいっと顔を背け、リネットは再び資料に視線を落とした。
部屋で一人で食べる夕食は味気ない。だからといって、パーティーなど華やかな場所で食事をしたいわけでもない。リネットが望むのはただ一人。
それでも彼は帰ってくることはできないだろう。特に今日は、国内の偉い人たちが集められているのだから。
アルヴィスがすぐそこまでやって来ている恐怖と、ラウルが側にいない寂しさと。その二つの気持ちに押しつぶされそうになる。
リネットが導き出した「毎日『おはようのキス』をしないと発情する呪い」の解呪方法。その方法が正しいのか最終検証を行っているが、目の前に並ぶ文字が滑って、頭の中に入ってこない。
心臓が変にバクバクと音を立てている。嫌な予感とでもいうのか。
こんなときは朝を流してさっぱりして、寝るしかない。
そう思って立ち上がれば、扉をノックする音が聞こえた。
コンコン、コンコン――。
ラウルであれば、ノックもせずに鍵を開けて入ってくるし、こんな時間にラウルが戻ってくるとも思えない。
誰だろうと思いつつ、リネットはそっと扉を開けた。
「あ、リネットさん。やっぱりこちらにいらしたんですね」
モアだった。こんな時間だというのに騎士服をビシッと身につけている。彼女もまだ仕事中なのだ。
「どうしました?」
「はい。あの……非常に言いにくいんですけども……ハリー団長が怪我をされまして……」
「え?」
一瞬、リネットの頭の中が真っ白になった。
「街中で暴動が起きたんです。帝国から逃げてきた難民が、パーティー会場に押し寄せてきて……」
それはラウルも懸念していたことだ。キサレータ帝国に不満を持つ者たちが結束して一つになれば、脅威になるだろうと。
「他にも怪我人がたくさん出て。私たちでは応急処置しかできないから、魔法師の方を呼んでこいって……」
だからモアがリネットを呼びに来たようだ。
しかもこの時間となれば、他の魔法師たちも自宅に戻っている。誰かが連絡を飛ばして、すぐに駆けつけたとしても、それなりに時間がかかる。
だったらその間、リネット一人でも治療に当たったほうがいい。
それにラウルの怪我というのは、どの程度のものなのか。
「わかりました。すぐに行きます」
リネットは魔法院のローブを羽織り、部屋を出た。
「あの……ラウルさんの怪我の具合というのは……」
「私も詳しくはわかっていなくて……。とにかく今、怪我人の治療のために、魔法師の方を――」
そこでリネットの意識は途切れた。
133
あなたにおすすめの小説
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
想定外の異世界トリップ。希望先とは違いますが…
宵森みなと
恋愛
異世界へと導かれた美咲は、運命に翻弄されながらも、力強く自分の道を歩き始める。
いつか、異世界にと想像していた世界とはジャンル違いで、美咲にとっては苦手なファンタジー系。
しかも、女性が少なく、結婚相手は5人以上と恋愛初心者にはハードな世界。
だが、偶然のようでいて、どこか必然のような出会いから、ともに過ごす日々のなかで芽生える絆と、ゆっくりと積み重ねられていく感情。
不器用に愛し、愛する人に理解されず、傷ついた時、女神の神殿で見つけた、もう一つの居場所。
差し出された優しさと、新たな想いに触れながら、
彼女は“自分のための人生”を選び初める。
これは、一人の女性が異世界で出逢い、傷つき、そして強くなって“本当の愛”を重ねていく物語です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる