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第一章(6)
リネットの気持ちが落ち着いたところで、ブリタは紅茶を淹れた。ティーポットから立ち上る湯気と、ほのかに甘い香りが部屋を満たす。
「師長の紅茶なんて、怖くて飲めない」
そう言いながらも、エドガーは早速カップに口をつけている。
「帝国には、他にどれだけ魔法が使える人間がいるんだい?」
ブリタが不意に尋ねた。
「お城の外はわかりませんが……。皇帝には私を含め、五人の側妃がいたのですが」
そこでエドガーが「ぶほっ」と噴き出し、慌てて口を押さえる。
「五人? 五人もいるの? あのおっさん……」
五人『も』なのか、五人『しか』なのかは個人の見解によって異なるが、エドガーは五人『も』という感覚のようだ。
「はい。でも私は捨てられたので、側妃は四人となりました。皇帝の子を最初に授かった人が正妃になれると言われていたのですが……。残念ながら、子を授かった人はおりません」
「ん? もしかして皇帝って不能?」
なぜかエドガーは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「いいぇ。ヤることはヤるんですけど。恐らく、子種のほうに問題が……」
「なんだ、種なしか」
エドガーのつぶやきに、リネットは曖昧に微笑み、肯定も否定もしない。
「他の四人も魔力持ちなのかい?」
ブリタの問いにリネットは「はい」と答える。
「スサ以外にもまだ属国はありますから。そちらで見つけた魔力を持つ女性だと思います。側妃同士、交流はないのです。皇帝が、私たちが手を組むことを恐れていましたから」
だからいつも一人だった。心の中にはあのときの寂しさがじんわりと広がるかのよう。
「ですが、他の四人は私よりは魔力が弱いものと思われます。魔法具を作らされていたのは私だけですから」
「それで、あんたの作る魔法具ってどんなやつなんだい?」
ブリタが次から次へと話を促す。
「生命力を魔力に転換することで、魔力のない人間でも魔法――すなわち四元素を操れるものです。皇帝は、火を好んでよく使っていましたが」
ブリタは苦虫をかみつぶしたように、眉間に深くしわを刻んだ。エドガーも、口元まで運んだ紅茶のカップを、唇にくっつけたまま静止する。
「あの……どうかされましたか?」
リネットはおろおろとブリタとエドガーの顔を交互に見やる。
「いや……。やっぱりあんたをその辺に放り投げておくのは危険だというのがわかった。この国の魔法師になったら、私がきっちり面倒をみてあげるからね」
「はい。ありがとうございます」
「よかったね、エドガー。魔法師になって五年目。エドガーにとっては初めての後輩魔法師だ」
「そうなんですね、エドガー様は先輩魔法師。エドガー先輩とお呼びしてもよろしいですか?」
目を大きく見開いたエドガーは、ふいっと顔を逸らす。
「様付けよりはマシだね」
「素直じゃない先輩なんだよ」
ブリタが目を細めた。
「そうそうリネット。あんたは魔法師になってやってみたいこととかあるのかい? 私としてはさっきの魔法具も興味深いし、この帳面に書かれている呪いについても研究してもらってもいいかなと思っている。呪いについては、詳しい者がこの国にはいないんだよ」
「はい。私もできれば呪いを専門的に研究していきたいです。だってキサレータはあれだけ巨大な帝国なのに、あの国全体に呪いをかけた人物がいるんですよ? すごくないですか?」
リネットの目はきらきらと輝き、声にも熱がこめられる。
「そうだね。しかも、アレがもげるって……。どういう経緯でそういう呪いになったのか、気になるね」
「ですよね、そう思いますよね! 別にキサレータの呪いを解くつもりはないのですが。でもアレがもげるって、考えたらおかしくないですか? よっぽどのことがあったんでしょうね」
ふふふ……とリネットが声をあげて笑い出した。
「男の僕からしたら、痛い話だけどね!」
エドガーが口を挟んで顔をしかめた。
「呪いとは人の気持ちが具現化したものと言われているからね。そうしなければならない状況が過去にはあったんだろうね。呪いを調べることでその国の内情がよくわかる。帝国に対抗する力をつけたいというのであれば、呪いを解読するのも一つの方法だ」
ブリタの言葉に背中を押され、リネットに心に目標が芽生えた。
だが、まずは心身ともに回復を望まれた。リネットが正式に魔法師と認められるまでは、治療室でたっぷりと休養をとることとなった。
後日、セーナス国民となったリネットは正式に魔法師に任命され、各国の呪いの研究に夢中になって取り組み始めた。
今までの針の筵のようなキサレータ帝国の生活から解放され、安心したのだろう。
そのせいか、リネットは研究以外ではすっかりと気が抜け、ずぼらな一面を見せるようになってしまった。
「師長の紅茶なんて、怖くて飲めない」
そう言いながらも、エドガーは早速カップに口をつけている。
「帝国には、他にどれだけ魔法が使える人間がいるんだい?」
ブリタが不意に尋ねた。
「お城の外はわかりませんが……。皇帝には私を含め、五人の側妃がいたのですが」
そこでエドガーが「ぶほっ」と噴き出し、慌てて口を押さえる。
「五人? 五人もいるの? あのおっさん……」
五人『も』なのか、五人『しか』なのかは個人の見解によって異なるが、エドガーは五人『も』という感覚のようだ。
「はい。でも私は捨てられたので、側妃は四人となりました。皇帝の子を最初に授かった人が正妃になれると言われていたのですが……。残念ながら、子を授かった人はおりません」
「ん? もしかして皇帝って不能?」
なぜかエドガーは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「いいぇ。ヤることはヤるんですけど。恐らく、子種のほうに問題が……」
「なんだ、種なしか」
エドガーのつぶやきに、リネットは曖昧に微笑み、肯定も否定もしない。
「他の四人も魔力持ちなのかい?」
ブリタの問いにリネットは「はい」と答える。
「スサ以外にもまだ属国はありますから。そちらで見つけた魔力を持つ女性だと思います。側妃同士、交流はないのです。皇帝が、私たちが手を組むことを恐れていましたから」
だからいつも一人だった。心の中にはあのときの寂しさがじんわりと広がるかのよう。
「ですが、他の四人は私よりは魔力が弱いものと思われます。魔法具を作らされていたのは私だけですから」
「それで、あんたの作る魔法具ってどんなやつなんだい?」
ブリタが次から次へと話を促す。
「生命力を魔力に転換することで、魔力のない人間でも魔法――すなわち四元素を操れるものです。皇帝は、火を好んでよく使っていましたが」
ブリタは苦虫をかみつぶしたように、眉間に深くしわを刻んだ。エドガーも、口元まで運んだ紅茶のカップを、唇にくっつけたまま静止する。
「あの……どうかされましたか?」
リネットはおろおろとブリタとエドガーの顔を交互に見やる。
「いや……。やっぱりあんたをその辺に放り投げておくのは危険だというのがわかった。この国の魔法師になったら、私がきっちり面倒をみてあげるからね」
「はい。ありがとうございます」
「よかったね、エドガー。魔法師になって五年目。エドガーにとっては初めての後輩魔法師だ」
「そうなんですね、エドガー様は先輩魔法師。エドガー先輩とお呼びしてもよろしいですか?」
目を大きく見開いたエドガーは、ふいっと顔を逸らす。
「様付けよりはマシだね」
「素直じゃない先輩なんだよ」
ブリタが目を細めた。
「そうそうリネット。あんたは魔法師になってやってみたいこととかあるのかい? 私としてはさっきの魔法具も興味深いし、この帳面に書かれている呪いについても研究してもらってもいいかなと思っている。呪いについては、詳しい者がこの国にはいないんだよ」
「はい。私もできれば呪いを専門的に研究していきたいです。だってキサレータはあれだけ巨大な帝国なのに、あの国全体に呪いをかけた人物がいるんですよ? すごくないですか?」
リネットの目はきらきらと輝き、声にも熱がこめられる。
「そうだね。しかも、アレがもげるって……。どういう経緯でそういう呪いになったのか、気になるね」
「ですよね、そう思いますよね! 別にキサレータの呪いを解くつもりはないのですが。でもアレがもげるって、考えたらおかしくないですか? よっぽどのことがあったんでしょうね」
ふふふ……とリネットが声をあげて笑い出した。
「男の僕からしたら、痛い話だけどね!」
エドガーが口を挟んで顔をしかめた。
「呪いとは人の気持ちが具現化したものと言われているからね。そうしなければならない状況が過去にはあったんだろうね。呪いを調べることでその国の内情がよくわかる。帝国に対抗する力をつけたいというのであれば、呪いを解読するのも一つの方法だ」
ブリタの言葉に背中を押され、リネットに心に目標が芽生えた。
だが、まずは心身ともに回復を望まれた。リネットが正式に魔法師と認められるまでは、治療室でたっぷりと休養をとることとなった。
後日、セーナス国民となったリネットは正式に魔法師に任命され、各国の呪いの研究に夢中になって取り組み始めた。
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