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第三章(3)
先ほどから、エドガーが笑い転げている。
「あははは……ひっひっ……」
笑いすぎて、引きつけを起こす一歩手前だ。
「エドガー先輩。笑いすぎです」
「いや……だってさ……」
目尻に光る涙を人差し指で拭ったエドガーは、ひぃひぃと声を漏らしながら、カップに残っていた冷めたお茶を飲んで、なんとか落ち着きを取り戻した。
「食堂にリネットがいるだけでも珍しいのに、あの団長さん……手ずからリネットに食べさせるって……。膝の上に乗せそうな勢いだったし……」
ひぃひぃ言いながらエドガーが口にしたことは間違いではない。
食堂でリネットがゆっくり手を動かしていたら、あれも食べろ、これも食べろと、ラウルがリネットの口の前にスプーンを差し出してきたのだ。それを無視していたリネットだが、ラウルはウザいだけでなくしつこかった。リネットが食べるまでスプーンをそのままにして待たれたのだ。目の前に食べ物がのせられたスプーンがある。となれば、やはりそれを食べるしかない。
仕方なくぱくっとスプーンを咥えると、ラウルはまた次も差し出してくる。となれば、それも食べたらまた次も……と、リネットがお腹いっぱいと言うまでそれが続いた。
もちろん場所は食堂だ。となれば、不特定多数の者が利用する場。
そしてその様子を、見事エドガーに見られていたというわけだ。
「リネットがかわいくてしかたないのね」
女性魔法師がくすくす笑いながらそう言うが、ラウルにはもう少し場所と場合を考えてほしい。今朝のような室内で二人きりならまだしも、食堂はダメだろう。
そう思っていても、ラウルの強引さに負けたのは認める。だって、目の前にずっと食べ物をのせられたスプーンがあって、他の人からも痛いくらいに視線を向けられていたら、それを食べるしかない。他の方法があるなら教えてほしいくらいだ。
「かわいいというよりは、私に死なれては困るから、お世話をしているというだけですよ」
「あぁ、なるほど!」
それだけですぐに状況を理解したエドガーはぽんと手を叩いた。
「リネットの生活はめちゃくちゃだからね。寝ない、食べない、動かない。なまけものみたいな生活だよね」
「なまけものは動きが鈍いだけで、きちんと寝て、食べてます」
「てことは、なまけもの以下じゃん」
エドガーの突っ込みに、リネットはむっとする。
「あの団長さんのおかげで、これでリネットも人間に戻れるよ? なんか、保護者みたいだよね」
再びエドガーは、ひぃひぃと笑い出す。
「図書館に行ってきます」
彼の言葉を無視して、リネットは机の上にバンと手をつき立ち上がった。
「エドガー、言い過ぎよ」
そんな声が背中から聞こえてきたが、そう言われてもエドガーが反省する男でないのはよく知っている。
どすどすと足音を立て回廊を歩けば、すれ違う人たちが、興味の視線を向けてくる。いつものリネットであればできるだけその視線を受けないように、隅っこを背中を丸めて歩くというのに、今は怒りに満ちているため、他の人の視線など気にならなかった。
まだ半日だというのに、今日はラウルに振り回されっぱなしだ。平穏な生活を取り戻すためにも、早く彼の呪いを解かなければ。
そう思って、再度、地下書庫にこもり始めたのだった。
図書館の地下書庫なんて、滅多に人はやってこない。ここを利用するのは、王城で働く文官や魔法師たちが主である。特にリネットが閲覧している地区の伝承の資料の場所には、リネットしかいない。とりあえずタイトルにヤゴル地区の名前が入っている資料は片っ端から手に取った。
それを持ってテーブル席へと向かい、内容の確認をしていたのが昼前だ。その作業中にラウルから昼食に誘われたため、テーブルの上には先ほどの資料が開かれたままになっていた。
とにかく、何がなんでもあの呪いを解いてやる。
そんな気持ちで、資料のページをめくっていく。
だが、それも三十分も過ぎれば、猛烈な眠気に襲われた。これが睡魔というやつだろう。昼食をとった後に静かな空間に一人きり。資料がつまらないわけではないのに、なぜか襲いかかってきた眠気。これに抗う術はなく、むしろラウルの言う健康で文化的な最低限度の生活のために必要なものに違いない。
少しだけ、と己に言い聞かせ、リネットは目を閉じた。
「あははは……ひっひっ……」
笑いすぎて、引きつけを起こす一歩手前だ。
「エドガー先輩。笑いすぎです」
「いや……だってさ……」
目尻に光る涙を人差し指で拭ったエドガーは、ひぃひぃと声を漏らしながら、カップに残っていた冷めたお茶を飲んで、なんとか落ち着きを取り戻した。
「食堂にリネットがいるだけでも珍しいのに、あの団長さん……手ずからリネットに食べさせるって……。膝の上に乗せそうな勢いだったし……」
ひぃひぃ言いながらエドガーが口にしたことは間違いではない。
食堂でリネットがゆっくり手を動かしていたら、あれも食べろ、これも食べろと、ラウルがリネットの口の前にスプーンを差し出してきたのだ。それを無視していたリネットだが、ラウルはウザいだけでなくしつこかった。リネットが食べるまでスプーンをそのままにして待たれたのだ。目の前に食べ物がのせられたスプーンがある。となれば、やはりそれを食べるしかない。
仕方なくぱくっとスプーンを咥えると、ラウルはまた次も差し出してくる。となれば、それも食べたらまた次も……と、リネットがお腹いっぱいと言うまでそれが続いた。
もちろん場所は食堂だ。となれば、不特定多数の者が利用する場。
そしてその様子を、見事エドガーに見られていたというわけだ。
「リネットがかわいくてしかたないのね」
女性魔法師がくすくす笑いながらそう言うが、ラウルにはもう少し場所と場合を考えてほしい。今朝のような室内で二人きりならまだしも、食堂はダメだろう。
そう思っていても、ラウルの強引さに負けたのは認める。だって、目の前にずっと食べ物をのせられたスプーンがあって、他の人からも痛いくらいに視線を向けられていたら、それを食べるしかない。他の方法があるなら教えてほしいくらいだ。
「かわいいというよりは、私に死なれては困るから、お世話をしているというだけですよ」
「あぁ、なるほど!」
それだけですぐに状況を理解したエドガーはぽんと手を叩いた。
「リネットの生活はめちゃくちゃだからね。寝ない、食べない、動かない。なまけものみたいな生活だよね」
「なまけものは動きが鈍いだけで、きちんと寝て、食べてます」
「てことは、なまけもの以下じゃん」
エドガーの突っ込みに、リネットはむっとする。
「あの団長さんのおかげで、これでリネットも人間に戻れるよ? なんか、保護者みたいだよね」
再びエドガーは、ひぃひぃと笑い出す。
「図書館に行ってきます」
彼の言葉を無視して、リネットは机の上にバンと手をつき立ち上がった。
「エドガー、言い過ぎよ」
そんな声が背中から聞こえてきたが、そう言われてもエドガーが反省する男でないのはよく知っている。
どすどすと足音を立て回廊を歩けば、すれ違う人たちが、興味の視線を向けてくる。いつものリネットであればできるだけその視線を受けないように、隅っこを背中を丸めて歩くというのに、今は怒りに満ちているため、他の人の視線など気にならなかった。
まだ半日だというのに、今日はラウルに振り回されっぱなしだ。平穏な生活を取り戻すためにも、早く彼の呪いを解かなければ。
そう思って、再度、地下書庫にこもり始めたのだった。
図書館の地下書庫なんて、滅多に人はやってこない。ここを利用するのは、王城で働く文官や魔法師たちが主である。特にリネットが閲覧している地区の伝承の資料の場所には、リネットしかいない。とりあえずタイトルにヤゴル地区の名前が入っている資料は片っ端から手に取った。
それを持ってテーブル席へと向かい、内容の確認をしていたのが昼前だ。その作業中にラウルから昼食に誘われたため、テーブルの上には先ほどの資料が開かれたままになっていた。
とにかく、何がなんでもあの呪いを解いてやる。
そんな気持ちで、資料のページをめくっていく。
だが、それも三十分も過ぎれば、猛烈な眠気に襲われた。これが睡魔というやつだろう。昼食をとった後に静かな空間に一人きり。資料がつまらないわけではないのに、なぜか襲いかかってきた眠気。これに抗う術はなく、むしろラウルの言う健康で文化的な最低限度の生活のために必要なものに違いない。
少しだけ、と己に言い聞かせ、リネットは目を閉じた。
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