【完結】酔っ払った勢いで子どもを授かりました。って、相手は誰?

澤谷弥(さわたに わたる)

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第二話

* * *


 絶対に待っていてください――




 瞼の向こう側が眩しくなって、エリサリナはハッと目を開けた。何か夢をみていたような気もするが、目覚めと同時にその内容もすっかり忘れた。
 さらに、自分の置かれている現状が理解できない。

(喉が渇いた……そして、身体が痛い……)

 ここはどこだ、とエリサリナは横になったまま確認する。

 見慣れぬ天井、見知らぬ部屋。そして、身体にある違和感。ゆっくり身体を起こせば、足の間から何かがとろりと漏れ出る感触があった。

(うっ……もしかして、もしかしなくてもやっちゃった……?)

 室内に残る淫靡な空気は、情事の残り火を醸し出す。

(うぅ……やばい……覚えてない……)

 がくっと項垂れつつも、昨日の出来事を必死に思い出そうと試みた。

 エリサリナは、王国騎士団に所属する女性騎士だ。王都の学園で学んだ後、騎士団に入団したのが十八歳のとき。数少ない女性騎士というのもあり、第二王女の専属近衛騎士として抜擢された。

 その第二王女が先日、新しい年が明けてすぐに、公爵家に嫁いだ。侍女であれば婚家についていく者もいるが、エリサリナは騎士である。王女付きだったとはいえ、国に仕える人間なのだ。そんな彼女が公爵家についていくことはなかった。

 第二王女は涙を流し、エリサリナとの別れを惜しみ、挙げ句「これからは社交の場で気軽に話しかけてちょうだい」とまで声をかけてくれた。

 エリサリナだって二十二歳になり、結婚適齢期、いや、この国ではギリギリ適齢期なくらいである。あと数年過ぎれば、行き遅れと揶揄されるような年齢であるため、両親がこれを機に騎士を辞めて家に戻ってくるよう言い出したのだ。

 昨日が騎士団任務の最終日だった。お世話になった人たちに挨拶をし、その後、気心しれた仲間たちと夜の街に繰り出したのは覚えている。彼らがエリサリナの送別会を開いてくれた。

 美味しい料理に豊潤な酒は、エリサリナの舌を楽しませるのに十分なものであり、次から次にグラスと皿を空け「おかわり~」と陽気な声をあげていたのだが――

(あれ? 店を出た記憶がない……)

 どうやらお酒を飲み過ぎたせいか、送別会の途中からの記憶がなかった。

(あぁ……きっと彼らの誰かが送ってくれてここまで来て……まぁ、そういうことね……)

 慣れ親しんだ仲だからと油断したのだろう。彼らはエリサリナを女と見ていなかったし、エリサリナも彼らに恋情を抱いたことはない。

(過ぎたことは仕方ないか)

 現状を把握できたところで、ベッドから下りた。相手がいないのは、寝ているエリサリナを気遣ったからなのか、それとも逃げたか。

 どちらにしろ、エリサリナは今日、王都を発つ。一夜のこの関係を引きずる必要もないだろう。

 少し身体に痛みは残るものの、動けないほどではない。どういう抱かれ方をしたのかわからないが、胸と腹部、内ももにまで赤紫の痕がいくつも残っていた。

(誰だろ?)

 これからその誰かと顔を合わせるのであれば気まずいが、今後、その誰かと会うこともない。

 となれば、一夜の秘め事として胸の奥にしまっておけばいい。この国では結婚に必ずしも処女性が求められるわけでもなく、結婚前の火遊びとして割り切る女性も多い。
 エリサリナは浴室で昨夜の名残を洗い流してから着替えた。

(お迎えは……十時だったかな……って、今、何時?)

 室内をぐるりと見回し時間を確認すると、朝の九時を過ぎた頃。時間に余裕はあるが、騎士団であればとっくに朝議が始まっている時間である。相手が送別会の出席者のうちの誰かと考えるのであれば、間違いなく騎士団の人間。となれば彼は、朝議に間に合うようにとここを出たのだろう。

 そして部屋を見回して気がついた。

(もしかして、いい部屋だった……?)

 一夜の関係を楽しむための宿ではないようだ。なんとなくいい部屋だろうなとは、浴室を使っても思っていたのだが。

 テーブルの上には鍵が置かれていたため、それを手にしたエリサリナは部屋を出た。

(あ……やっぱりいいところかも……)

 通路を照らす明かりも花の形をしていて華やかで、壁の装飾も繊細なものだ。吹き抜けの天井からは豪奢なシャンデリアがぶら下がっている。

 螺旋階段をゆっくり下りたエリサリナは、そこでやっと理解した。

(違う……お父様が準備してくれた宿だわ……)

 エリサリナは昨日付で騎士団を退団となった。騎士団の宿舎で寝泊まりしていたため、昨日付で騎士団を辞めたエリサリナは、昨日から今日にかけては宿舎で休めない。だから、父が代わりの宿を手配してくれたのだ。

 送別会後、酒を飲んで酔っ払ったエリサリナを親切に宿まで連れてきた人がいて、その人と身体の関係を持ってしまったと考えるのが妥当だろう。昨夜の参加者をざっと思い返すものの、それすら記憶が危うい。出席者の名前を全員あげろ、と言われても答えられない自信がある。

 エリサリナは手にしていた鍵を受付窓口へと返却する。

「いってらっしゃいませ」

 受付の女性はにこやかな笑顔で声をかけてくれるが、肝心の精算をしていない。

「あの、精算……」

 遠慮がちに声をかければ「支払い済みでございます」と、これまたにこやかに答えてきた。

「あ、そうでしたか……では」

 ぺこりと頭を下げたエリサリナは、心の中で父親への礼を叫び、宿のエントランスホールで迎えがくるのを待っていた。


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