【完結】酔っ払った勢いで子どもを授かりました。って、相手は誰?

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
4 / 8

第四話

* * *


「ま~ま~」

 見ているだけでもヒヤヒヤするような足取りで、一歳になったリザリアが駆け寄ってくる。

「つかまえた」

 エリサリナは愛娘が逃げないようにとぎゅっと抱きしめる。

「歩くようになったら、本当に大変ね」

 エリサリナが大叔母に笑顔を向けると「あなたの小さい頃にそっくりよ~」と笑いながらリザリアの金色の髪をなでている。

 リザリアの髪は不思議な色をしていた。光に当たれば金色なのに、暗いところでは黒く見えるのだ。きっと相手の髪色を受け継いだのだろうとは思うが、その相手に心当たりがない。ちなみに瞳の色はリュミエール伯爵家の血が色濃く出ている。

「おーばー、おーばー」

 妊娠が発覚したエリサリナは、伯爵領から逃げるようにこの地にやってきた。ここは母方の大叔母、つまりエリサリナの母方の祖母の妹が嫁いだ田舎の小さなメラーズ子爵領。田舎だが一年中気候は穏やかで、過ごしやすい。

 この地に行くようすすめたのは母親だった。大叔母ことダフネは夫に先立たれ、離れで慎ましく暮らしているのだとか。家のことは長男夫婦に任せ、余生を楽しんでいるという連絡をもらったばかりらしい。

 両親が急いで連絡をとったところ「喜んで」と返事が来るのを待たずに、旅の用意は整えられていた。田舎といっても、馬車で二日。エリサリナの身体のことも考え、母親が同行してくれた。

 その間、父はカルデナ侯爵に顔合わせ延期の手紙を書いたようだ。顔合わせ延期からの「この縁談はなかったことに~」を狙っていたらしい。エリサリナが重い病気にかかってしまい、侯爵夫人は務まらないという理由をつけるストーリーまで考えていたようだ。

 とにかくカルデナ侯爵の件は父に任せ、エリサリナはダフネのところに身を寄せた。

 現メラーズ子爵も、エリサリナの置かれた状況を察したのか、あれこれうるさく言ってこない。むしろ、ダフネが元気になったと喜んでいるくらいだ。

 やはり夫との別れは、知らぬうちにダフネの心にぽっかりと穴を空けていたに違いない。ダフネの孫、子爵の子どもたちは大きくなり、寄宿学校に通っているから屋敷に子どもの声はなかった。

 そんななか、エリサリナがリザリアを出産したものだから、リザリアはあっという間に人気者になってしまった。ダフネだけでなく子爵夫妻もリザリアを可愛がってくれる。挙げ句、リュミエール伯爵夫妻も定期的にこちらに足を運んではリザリアを愛で、「リザリアを連れて帰る!」と暴れそうになる父を母がなだめながら帰っていくというのが、恒例になっていた。

 子爵の子どもたちも長期休暇に帰ってきたときは、まだ赤ん坊のリザリアを珍しがり、しかも男児しかいない子爵家では、お姫さまのように扱われていた。

 突然やってきて、子どもをポンと生んだエリサリナを、こうやってあたたかく迎え入れてくれたメラーズ子爵家には感謝しかない。それもこれも、リザリアが愛らしいからだろう。子爵なんかは「下の子のお嫁さんにどうかな?」と、将来の娘になるのを期待しているくらいである。まだ一歳だというのに。

 歩くようになったリザリアは一気に行動範囲が広くなった。今も、身体を動かしたくてうずうずしていたリザリアを庭に連れ出したところだった。

「子どもの成長は、早いわねぇ」

 ダフネがしみじみと口にする。エリサリナもそう思う。一年とちょっと前まではお腹の中にいたというのに、今はもう一人でしっかり歩いている。

 だがリザリアの成長を目にするたび、エリサリナは不安に襲われた。

 いつまでここにいられるのだろうか――。

 父がエリサリナをメラーズ子爵領に預けたのは、縁談を断る口実を作るためだ。さすがに、他の男を妊娠したから縁談はなかったことに、なんては言えるわけがない。相手は侯爵家、格上の相手である。そのため、病気療養のためという話を作っていた。

 それにしても両親が堕胎を口にしなかっただけはありがたい。兄なんかは「私のところの養子にしたっていい」と口にしてくれたくらいだ。

 とはいえ、ほとぼりが冷めたら伯爵家に戻っていいのだろうか。兄夫婦のことを考えれば、誰の子かわからぬ子を育てているエリサリナは、彼らの側にいないほうがいい。

 だからっていつまでもメラーズ子爵の好意に甘えているわけにもいかないだろう。やはりリザリアを兄夫婦の養子にして、自分は修道院へ身に寄せるのが妥当なのか。

 ここでのエリサリナは「夫(となるべきだった人)に先立たれたかわいそうな(親戚の)娘」的な立ち位置だ。同じように夫に先立たれたダフネを頼って、互いに傷を慰め合っていると、そんな話が広がっているのは知っている。この話を広めたのが父親だから、彼の情報操作力には舌を巻く。

 とにかくしばらくはここにいてもよさそうだが、それが一生ではないということだけは確かである。そのため今後の生活を考えては不安に押しつぶされそうになってしまう。自分が恵まれた環境にあるとはわかっているはずなのに。

「母さん、母さん。大変だ!」

 メラーズ子爵自ら走って、ダフネのところにやってきた。家令を使わず、子爵自らというのは非常に珍しい。いや、エリサリナが知る限り、初めてである。

「まったく、いつまでたっても落ち着きがないこと」

 ダフネにとって、我が子はいくつになっても子どもなのだろう。三十過ぎの男性にかける言葉というよりは、子どもを諭すような口調だ。

「これが、落ち着いていられるかい。客人だよ、カルデナ侯爵が来たんだよ」
「カルデナ侯爵……? こんな田舎にいったいどのような用かしら?」
「それが、サリーさんに会わせてほしいって……」

 子爵とダフネの視線は、エリサリナを捉える。

「え? 私? なんで……?」
「それはこっちも聞きたい。サリーさん、カルデナ侯爵とは知り合いなのかい?」
「えぇと……」

 子爵に詰め寄られ、エリサリナは考え込む。
 縁談があったというのは、知り合いだと答えていいのだろうか。


感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

来栖 蘭
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

拾ってないのに、最上位が毎日“帰る”んですがーー飼い主じゃありません!ただの受付係です!

星乃和花
恋愛
王都ギルド受付係リナは、今日も平和に働く予定だった。 ……のに。 「お腹すいた」 そう言って現れたのは、最上位の英雄レオン。 強いのに生活力ゼロ、距離感ゼロ、甘え方だけは一流。 手当てすれば「危ない」と囲い込み、 看病すれば抱きしめて離さず、 ついには―― 「君が、俺の帰る場所」 拾ってない。飼ってない。 ただ世話を焼いただけなのに、英雄が毎日“帰ってくる”ようになりました。 無自覚世話焼き受付嬢 × 甘えた天然英雄の 距離感バグ甘々ラブコメ、開幕! ⭐︎火木土21:20更新ー本編8話+後日談9話⭐︎

兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした

こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】 伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。 しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。 そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。 運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた―― けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった―― ※「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。

夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。 真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。 そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。 数量は合っている。 だが、なぜか中身の重量だけが減っている。 違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。 そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。 しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。 それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。 「では、正式な監査をお願いいたします」 やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり―― 隠されていた不正はすべて暴かれる。 そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。 これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、 “正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。