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第一章(6)
「う~ん、困ったな。特別枠のチケットはペアなんだよ。兄は夫婦で行くし、十五歳以下にはチケットは不要だからね」
つまりセリウス王子は国王夫妻と一緒に行くはずだと、アーヴィンは言いたいようだ。
「ペアチケットを用意してもらったのに、俺が一人で参加したとなれば恥ずかしいじゃないか」
「堂々としていればいいわ。絵画は一人でも楽しめるものだし」
「だけど俺は、君と楽しみたいと思っている。俺の顔を立てるとでも思って、引き受けてくれないか?」
熱い眼差しを向けられてしまえば、私だって「はい」と言いたくなる。それにテロス展そのものにも興味がある。
「あなたの婚約者に頼みなさいよ……」
いじわるな言い方をした自覚はあった。だが、彼がどこかの令嬢と婚約しているという話は聞いていない。
ただそれを公表していないだけで、もしかしたら婚約しているかもしれないし、はっきりと聞いたことがないからわからない。
だからこれはある種の賭けでもあった。
「残念ながら、そういった相手はいないんだよ。兄も学園在学中は勉学に励めと言ってるしね。だから好きな人を誘えって言われたんだが……」
好きな人と言われてしまえば、私の顔はかっと熱くなる。そういう意味ではないだろう、とわかっているつもりなのに、どこか期待してしまう自分が恥ずかしい。
「好きな人って……つまり、誰かを適当に誘えってことでしょう?」
「まぁね。だけど、どうせ行くなら絵画に詳しい人のほうがいいだろう? 互いの教養を高め合うためにも。それにイレーヌと一緒なら話も弾むだろうし。『絵画で学ぶ王国の歴史』なんていう本を読んでいるくらいだしな」
一年以上も前の話をよく覚えているものだ。その記憶力のよさには関心してしまう。
「わかったわ。迷惑でなければ、是非一緒に……」
「迷惑なわけあるか。俺が誘ったんだ。詳しい日時は後で連絡する。それよりも、君のお父上にも許可を取らなければ……」
いつものアーヴィンよりもどこか興奮しているように見え、それがどこかかわいらしいと感じてしまった。
そんな彼から父宛に手紙が届いたのは、その次の日。学園から帰ると、父が「イレーヌ。これはどういうことだ!」と、アーヴィンからの手紙を握りしめながら、私に詰め寄ってきた。
「まぁまぁ、あなた」
母は相変わらず優雅に微笑み、父を宥めている。
「アーヴィン……王弟殿下から、国立美術館で開催されるテロス展へのお誘いを受けました」
「あぁ。殿下からの手紙にもそう書いてある。だが、この日は特別招待枠だろう? それにテロス展は、まだ公表されていない。今、美術館がその準備に追われているからな。私たちも議会で聞いたばかりだというのに……」
「では、お断りしたほうがよろしいでしょうか?」
父はこめかみをヒクヒク動かしながら「断れるわけがないだろう」と絞り出す。
「お父様。何か誤解をなさっていますが、王弟殿下は私の級友です。互いに教養を高めるためというその目的で、特別枠にお誘いいただいたのです。私もテロスの作品は好きですから」
「おまえが絵画に興味を持っているのは知っている。知っているが……これではデートじゃないか!」
デートと言われてもピンとこない。だってその日は、国王陛下夫妻や王子殿下も一緒にという話だからだ。と、そこまで考えてはっとする。
「お父様……陛下も一緒なのです……」
「ん?」
「だから、二人きりではないのですが、陛下たちも一緒に……」
社交デビューもしていない私が国王陛下とお会いする機会はほぼない。学園の卒業式には国王陛下から未来へのはなむけの言葉が贈られるのは、卒業時には成人しているというのが理由だ。そして卒業後すぐに、社交デビューするのがほとんどである。
「どうしましょう……」
急に不安になってきた。アーヴィンと話をしていたときは、うまく丸め込まれたのか、それを意識していなかった。
「イレーヌ。私にまかせなさい!」
母がトンと胸を張った。
つまりセリウス王子は国王夫妻と一緒に行くはずだと、アーヴィンは言いたいようだ。
「ペアチケットを用意してもらったのに、俺が一人で参加したとなれば恥ずかしいじゃないか」
「堂々としていればいいわ。絵画は一人でも楽しめるものだし」
「だけど俺は、君と楽しみたいと思っている。俺の顔を立てるとでも思って、引き受けてくれないか?」
熱い眼差しを向けられてしまえば、私だって「はい」と言いたくなる。それにテロス展そのものにも興味がある。
「あなたの婚約者に頼みなさいよ……」
いじわるな言い方をした自覚はあった。だが、彼がどこかの令嬢と婚約しているという話は聞いていない。
ただそれを公表していないだけで、もしかしたら婚約しているかもしれないし、はっきりと聞いたことがないからわからない。
だからこれはある種の賭けでもあった。
「残念ながら、そういった相手はいないんだよ。兄も学園在学中は勉学に励めと言ってるしね。だから好きな人を誘えって言われたんだが……」
好きな人と言われてしまえば、私の顔はかっと熱くなる。そういう意味ではないだろう、とわかっているつもりなのに、どこか期待してしまう自分が恥ずかしい。
「好きな人って……つまり、誰かを適当に誘えってことでしょう?」
「まぁね。だけど、どうせ行くなら絵画に詳しい人のほうがいいだろう? 互いの教養を高め合うためにも。それにイレーヌと一緒なら話も弾むだろうし。『絵画で学ぶ王国の歴史』なんていう本を読んでいるくらいだしな」
一年以上も前の話をよく覚えているものだ。その記憶力のよさには関心してしまう。
「わかったわ。迷惑でなければ、是非一緒に……」
「迷惑なわけあるか。俺が誘ったんだ。詳しい日時は後で連絡する。それよりも、君のお父上にも許可を取らなければ……」
いつものアーヴィンよりもどこか興奮しているように見え、それがどこかかわいらしいと感じてしまった。
そんな彼から父宛に手紙が届いたのは、その次の日。学園から帰ると、父が「イレーヌ。これはどういうことだ!」と、アーヴィンからの手紙を握りしめながら、私に詰め寄ってきた。
「まぁまぁ、あなた」
母は相変わらず優雅に微笑み、父を宥めている。
「アーヴィン……王弟殿下から、国立美術館で開催されるテロス展へのお誘いを受けました」
「あぁ。殿下からの手紙にもそう書いてある。だが、この日は特別招待枠だろう? それにテロス展は、まだ公表されていない。今、美術館がその準備に追われているからな。私たちも議会で聞いたばかりだというのに……」
「では、お断りしたほうがよろしいでしょうか?」
父はこめかみをヒクヒク動かしながら「断れるわけがないだろう」と絞り出す。
「お父様。何か誤解をなさっていますが、王弟殿下は私の級友です。互いに教養を高めるためというその目的で、特別枠にお誘いいただいたのです。私もテロスの作品は好きですから」
「おまえが絵画に興味を持っているのは知っている。知っているが……これではデートじゃないか!」
デートと言われてもピンとこない。だってその日は、国王陛下夫妻や王子殿下も一緒にという話だからだ。と、そこまで考えてはっとする。
「お父様……陛下も一緒なのです……」
「ん?」
「だから、二人きりではないのですが、陛下たちも一緒に……」
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「どうしましょう……」
急に不安になってきた。アーヴィンと話をしていたときは、うまく丸め込まれたのか、それを意識していなかった。
「イレーヌ。私にまかせなさい!」
母がトンと胸を張った。
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