21 / 88
第二章:契約結婚? いえ、雇用関係です!(6)
しおりを挟む
「ですが! やはりこれは契約結婚といえども、雇用契約ですから。夫婦を演じる必要があるときだけ、そう呼ばせていただきます。いえ、やはりきちんとした距離感は必要ですので、その場に応じて旦那様と呼ばせていただきます」
イリヤの言葉で、眼鏡の奥にある彼の瞳が影になる。だが、すぐにそれも元に戻った。
「ああ、そうだ。イリヤ。今日は仕立屋がくるから、そのつもりでいてくれ」
それはサマンサからも聞いた。
「はい。ありがとうございます」
「オレの妻に、みっともない格好はさせられないだろう? それにな……」
クライブの視線が宙を泳ぎ始める。また、何か嫌なことを思い出したのだろうか。
「いや、まあ。この話はまだいい」
言いかけて途中でやめられるのは、非常に気になるところではあるが。
「それよりも。あまり食べていないのではないか? 昨日の夜も思ったのだが……」
「え? あ。まぁ……実はですね……」
一か月ほど宿で過ごしていたが、お金を節約するために食事は最低限しかとっていなかった。そのせいか、少し食べるとお腹がいっぱいになってしまう。
「なるほど、身体がその生活に慣れたんだな。だが、ここにいるからにはこの生活に慣れてもらう必要がある。食べる量はもう少し増やせ。オレは、もう少し肉付きがよいほうが好みだ」
イリヤは慌てて胸元を両手で覆った。
「何もそこだけの話ではない。全体的に、イリヤは細すぎるんだ。好みの食事があるなら教えてほしい」
ぶっきらぼうな態度と見せかけて、時折見せる好意的な態度。これはクライブの計算によるものなのか、それとも天然か。だが、今までの態度をみると、そういった関係において計算できるような男には見えない。エーヴァルトのふざけた言葉を鵜呑みにするような男なのだ。
「わかりました」
イリヤが返事をすると、また満足そうに微笑む。むしろ、天然の人たらしにちがいない。天然だから自覚はないのだろう。そして、女性が寄ってくるのが嫌いだから、毒を吐く。
そこまで考えて、イリヤは手を止めた。
――もしかして、彼がこうやって微笑むのは、私にだけ?
その考えを追い払うかのように、軽く頭を振って、残りのパンを口に放り込んだ。
*~*~*
イリヤと婚姻の関係を結んだ次の日。まだ彼女と出会ってから一日も経っていない。
その間、何が変わったかというと、目の前のエーヴァルトだろう。
「なぁ、クライブ。マリアンヌは元気か?」
「はい。元気です」
「そうか」
それから、しばらくすると。
「なぁ、クライブ。マリアンヌは泣いてはいないか?」
「はい。機嫌がよいです」
「そうか」
ペンの走る音が響く。それでもすぐに。
「なぁ、クライブ……」
「あぁ。うっさいなぁ」
とにかくエーヴァルトが「マリアンヌは? マリアンヌは?」と、数分おきに聞いてくる。
「おい。私に向かってうっさいとはなんなんだ!」
「本音だ。ったく、体裁つくろって答えるのも楽じゃないんだよ。なんなんだ、お前は」
「なんなんだってなんなんだ」
察しのよい侍従がやってきて、エーヴァルトの机の上にお茶を置いていく。これを、クライブは心の中で『無言のつっこみ』と呼んでいた。エーヴァルトとクライブがくだらない内容で言い争いをしていたとしても、それを仲裁できるような人間はいない。いるとしたら王妃のトリシャくらいだろう。
「とりあえず、それでも飲んで気分を落ち着けてください」
渋々とカップに口をつけているエーヴァルトを見て、一息つく。ついたところで、イリヤの言葉を思い出した。
「ああ、そうそう陛下。オレとイリヤの仲は良好ですから、何も陛下の心配されるところではありません」
「私はお前たちの関係がどうなろうが、興味はない。興味があるのは、マリアンヌだけ……」
イリヤの言葉で、眼鏡の奥にある彼の瞳が影になる。だが、すぐにそれも元に戻った。
「ああ、そうだ。イリヤ。今日は仕立屋がくるから、そのつもりでいてくれ」
それはサマンサからも聞いた。
「はい。ありがとうございます」
「オレの妻に、みっともない格好はさせられないだろう? それにな……」
クライブの視線が宙を泳ぎ始める。また、何か嫌なことを思い出したのだろうか。
「いや、まあ。この話はまだいい」
言いかけて途中でやめられるのは、非常に気になるところではあるが。
「それよりも。あまり食べていないのではないか? 昨日の夜も思ったのだが……」
「え? あ。まぁ……実はですね……」
一か月ほど宿で過ごしていたが、お金を節約するために食事は最低限しかとっていなかった。そのせいか、少し食べるとお腹がいっぱいになってしまう。
「なるほど、身体がその生活に慣れたんだな。だが、ここにいるからにはこの生活に慣れてもらう必要がある。食べる量はもう少し増やせ。オレは、もう少し肉付きがよいほうが好みだ」
イリヤは慌てて胸元を両手で覆った。
「何もそこだけの話ではない。全体的に、イリヤは細すぎるんだ。好みの食事があるなら教えてほしい」
ぶっきらぼうな態度と見せかけて、時折見せる好意的な態度。これはクライブの計算によるものなのか、それとも天然か。だが、今までの態度をみると、そういった関係において計算できるような男には見えない。エーヴァルトのふざけた言葉を鵜呑みにするような男なのだ。
「わかりました」
イリヤが返事をすると、また満足そうに微笑む。むしろ、天然の人たらしにちがいない。天然だから自覚はないのだろう。そして、女性が寄ってくるのが嫌いだから、毒を吐く。
そこまで考えて、イリヤは手を止めた。
――もしかして、彼がこうやって微笑むのは、私にだけ?
その考えを追い払うかのように、軽く頭を振って、残りのパンを口に放り込んだ。
*~*~*
イリヤと婚姻の関係を結んだ次の日。まだ彼女と出会ってから一日も経っていない。
その間、何が変わったかというと、目の前のエーヴァルトだろう。
「なぁ、クライブ。マリアンヌは元気か?」
「はい。元気です」
「そうか」
それから、しばらくすると。
「なぁ、クライブ。マリアンヌは泣いてはいないか?」
「はい。機嫌がよいです」
「そうか」
ペンの走る音が響く。それでもすぐに。
「なぁ、クライブ……」
「あぁ。うっさいなぁ」
とにかくエーヴァルトが「マリアンヌは? マリアンヌは?」と、数分おきに聞いてくる。
「おい。私に向かってうっさいとはなんなんだ!」
「本音だ。ったく、体裁つくろって答えるのも楽じゃないんだよ。なんなんだ、お前は」
「なんなんだってなんなんだ」
察しのよい侍従がやってきて、エーヴァルトの机の上にお茶を置いていく。これを、クライブは心の中で『無言のつっこみ』と呼んでいた。エーヴァルトとクライブがくだらない内容で言い争いをしていたとしても、それを仲裁できるような人間はいない。いるとしたら王妃のトリシャくらいだろう。
「とりあえず、それでも飲んで気分を落ち着けてください」
渋々とカップに口をつけているエーヴァルトを見て、一息つく。ついたところで、イリヤの言葉を思い出した。
「ああ、そうそう陛下。オレとイリヤの仲は良好ですから、何も陛下の心配されるところではありません」
「私はお前たちの関係がどうなろうが、興味はない。興味があるのは、マリアンヌだけ……」
243
あなたにおすすめの小説
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
巻き込まれ召喚された賢者は追放メンツでパーティー組んで旅をする。
彩世幻夜
ファンタジー
2019年ファンタジー小説大賞 190位!
読者の皆様、ありがとうございました!
婚約破棄され家から追放された悪役令嬢が実は優秀な槍斧使いだったり。
実力不足と勇者パーティーを追放された魔物使いだったり。
鑑定で無職判定され村を追放された村人の少年が優秀な剣士だったり。
巻き込まれ召喚され捨てられたヒカルはそんな追放メンツとひょんな事からパーティー組み、チート街道まっしぐら。まずはお約束通りざまあを目指しましょう!
※4/30(火) 本編完結。
※6/7(金) 外伝完結。
※9/1(日)番外編 完結
小説大賞参加中
聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる