このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第六章:そのお仕事、お引き受けいたします(10)

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「魔物の数が増え、人々の生活が脅かされてきている。それに希望を持ちたいと思う者はいるだろう。その者たちの願いを叶えるための必要な嘘。イリヤが聖女になりすますことで、これからの未来に絶望せずに済む者がいるかもしれない。偽善だって思われたってかまわない。オレたちは、どうやったら国にとって一番いいのかを考える。今は、国のためにも聖女が必要なんだ。例えそれが、偽物であってもな」

 トクントクンと力強い鼓動が聞こえた。これはクライブの胸の音。

「閣下も緊張されているのですか?」
「……そうかも、しれないな」

 言葉と共に吐き出された熱い吐息が、耳をかすめる。

「イリヤ……」
「なんでしょう?」
「魔物討伐から戻ってきたら、お前に求婚してもいいか?」

 きゅうこん――

 その言葉の意味がわからなかった。
 球根。一瞬、頭の中に塊状になった地下茎が思い浮かんだが、この流れで球根はおかしいだろう。だが、念のための確認は必要だ。

「きゅうこんって、その、あれですか? チューリップを植えたいと?」
「その球根ではない」

 クライブがイリヤを抱き寄せる。トクトクトクトと、彼の心音が聞こえた。先ほどよりも早いかもしれない。

「……イリヤに、正式に結婚を申し込みたい」
「ほぇ?」

 思考が追いつかない。

「え? いや。ほら、私と閣下はすでに結婚しておりますから。今さら求婚とか言われても……」
「イリヤはこの結婚を契約だと思っているのだろう?」
「そうですね。私と閣下は雇用関係。そういうお話でしたよね?」

 職業紹介所の求人を見て、王城に足を運んだのだ。そしてそのときクライブは、はっきりと雇用主と言った。

「最初はな。だが、今は違う」
「では、契約書の見直しをしましょう」
「見直し? そもそも、オレとイリヤの結婚は契約に含まれていない。あの契約書は、マリアンヌの母親としてマリアンヌを立派な淑女に育てあげること。そういった内容だ」
「え? この結婚は契約外だった……?」
「だから最初から言っていただろう? あれは婚姻届だったと」

 イリヤはぱちぱちと目を瞬いた。

「いいか? イリヤ。オレは魔物討伐から戻ってきたら、求婚するからな」

 なぜそれを今、彼が声を大にして言うのだろう。
 だけど、イリヤの顔が熱いのだけは確かだった。先ほどから鼓動は高鳴っている。

 イリヤはクライブにそう言われて嬉しいのだ、多分。そして、緊張もしている。

「閣下は、私が好きなのですか?」

 それを確認したかった。もしかしたら、イリヤの盛大なる勘違いかもしれない。そうであれば、穴を掘って埋もれてしまいたくなるほど恥ずかしい。

「この感情がそういった種類のものであれば、好きなのだろう」
「どういう感情ですか?」

 もしかして、イリヤと同じような感情だろうか。
 相手をもっと知りたいと思い、この関係を続けていきたいと願うような。

「感情を言葉で説明するのは難しい」

 ふん、とクライブは鼻息を荒くする。それがどこか照れているようにも見えた。

 イリヤの胸が、きゅっと締め付けられる。
 嬉しいかもしれない。だけど、恥ずかしい。

「では、その求婚。受けて立ちます。閣下も、首を洗って待っていてください」

 これから聖女としてのお披露目の儀があるというのに、イリヤの不安は一気に吹き飛んだ。もしかしてクライブはそれを狙っていたのだろうか。
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