このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第七章:新しいお仕事にはまだ慣れません(4)

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 マリアンヌと戯れていたら、クライブが戻ってきた。

「え?」

 思わずイリヤがそう声をあげてしまったのにも理由はある。
 彼は眼鏡をかけていない。さらに、いつも後ろにすっとなでつけている髪も、前にたらしている。

「誰?」
「だぁ?」

 とにかくいつものクライブではない。前髪をおろしたことで、一気に幼くなった。眼鏡がないことで、知的さよりも顔の造形のよさが際立つ。

「な、なんだ。笑いたければ、笑えばいい」

 視力が悪いわけでもないのに眼鏡をかけていた。
 昔は女の子と間違われるほどのかわいらしい顔立ちをしていた。
 そして、今のこの態度。

 イリヤには、ピンとつながるものがあった。

 彼は、自分の顔を好きではないのだ。だから、眼鏡をかけてごまかしていたにちがいない。
 眼鏡をはずし、前髪をおろしたクライブは、冷徹な宰相閣下から、一気にやさしげな王子様に化けてしまったのだ。

「い、いえ……その、驚いてしまって。クライブ様も雰囲気がおかわりになりましたね」

 マリアンヌがクライブに向かって手を伸ばしている。

「ぱ~ぱっ、ぱ~ぱ~」
「なんだ? マリーはこっちのほうがいいのか? いつものオレでは駄目なのか?」
「だっだっだっ」

 抱っこをせがんでいた。

「イリヤではなく、オレに抱っこしてほしいというのは、珍しいな。たまにはこういった姿も悪くないな」

 マリアンヌのおかげでクライブの機嫌も直ったようだ。

「では、イリヤ。そろそろ、いこうか」

 クライブの腕をとったはいいが、口から心臓が飛び出るのではないかと思えるほど、緊張していた。
 ここからまた、イリヤの一世一代の大勝負が始まる。

 先ほどは遠目からのお披露目であったため、にこやかに笑って手を振っていればよかった。だけど、今回は違う。
 聖女としての立ち居振る舞いが求められるのだ。クライブやエーヴァルトは、適当に相づちでも打っておけと言っていた。

 それでもイリヤを聖女として疑う声があがったらどうしたらいいのか。はったりしかないだろう。
 その緊張のあまり、イリヤには周囲の声が頭に入ってこない。ただクライブにうながされるまま歩き、大広間へと入った。

 わっとした歓声と熱気が、イリヤを襲う。マリアンヌも今までと違う雰囲気を感じ取ったのだろう。クライブにひしりとしがみついた。

「聖女イリヤ様」

 神官長がそう張り上げた声だけは聞こえた。

「あれが聖女様……」
「あの毒婦か?」
「聖女様、お美しい」
「悪女じゃないのか?」

 感嘆の声と悪意のこもったささやきが混じり合って聞こえてくる。

「隣の男は誰だ?」
「あの赤ん坊は?」

 さらに、イリヤと共にいるクライブやマリアンヌに対する興味の言葉も耳に入る。

 クライブと共にエーヴァルトに挨拶をし、案内された豪奢な椅子へと座った。ここから大広間の全体が見渡せるものの、やはり好奇の視線がイリヤに向けられている。

 イリヤはマリアンヌを預かった。クライブはエーヴァルトの補佐へと入る。

 エーヴァルトの凛とした声が、大広間に響き渡る。
 イリヤも侍女から飲み物を手渡された。マリアンヌがいるため、お酒ではない飲み物を頼んでいた。
 エーヴァルトがグラスを掲げる。

 わっと声があがり、皆、グラスを傾けた。イリヤもそれを真似してグラスをあげて、一口だけ飲む。

「あ~あ~」

 膝の上のマリアンヌも飲みたそうにこちらを見ているため、一口だけ飲ませた。

「んまんま」

 どうやらお気に召したらしい。

 楽団によって華やかな音楽が奏でられ、広間の中央ではエーヴァルトがトリシャと一緒に踊り始めた。
 パーティーといえばダンスである。聖女お披露目パーティーであるが、一曲目はエーヴァルトたちにお願いした。
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